第30話
「ハァッ!」
右の大脇差で、オークの馘首を跳ね飛ばす。
そのまま反時計周りの回転の勢いを殺さないように、後ろに振り返りつつ、ユピテルで後ろから忍び寄ってきた別のオークの腕を切り裂いた。
悲鳴を上げるオークの頭に、大脇差を突き入れて止めを刺す。刀を引き抜くと、ドウ、とオークの巨体が地面に沈んだ。
「オーク、朝からもう12体ですよぉ」
「…ハル様…ステキ…」
褒める2人に軽く手を挙げて応答してから、倒れたオークの死体に手を当てて、魔力を吸い取る。
オークは、一昨日倒していたファングウルフよりも遥かに効率がいい。今朝からすでに0.5%は魔力濃度が上がっている。
吸収効率もまだまだ下がる気配はない。当面、ここで魔力濃度を上げることが出来そうだ。
「2人ともサポートありがとうございます」
「…ハル様…助ける…当然」
「クリスハルさんが強すぎて、サポートも大したことできていませんがぁ…」
フィニは第10門の魔法を使って、私の戦いをサポートしてくれる。
第10門は、物質操作。生物・非生物問わず、動かすことに特化している。
創造は一切出来ない。
が、地面の砂を飛ばして目眩ましをしたり、持ってる投げナイフを高速で飛ばしたり、毒性のある液体を相手の頭上にテレポーテーションさせたり、遠くの岩を目の前にアポートして身を守ったり…と。
とにかく使い方次第で可能性は広がる。
「フィニは、戦いのサポート仕方にセンスがありますね。すごく戦い易いですよ」
「……ん」
相変わらず表情は変わらないが、尻尾はぶんぶんしてる。わかりやすい反応をして可愛い奴め。
「リジーさんも、フィニを守りつつ、私の死角に魔物が入りづらいように立ち回ってくださったのでとても助かりました」
「いえぇ!攻撃役の人が出来るだけ攻撃に専念できるように魔物の行動を制御するのがブロッカーの役割ですぅ!今後も頑張りますぅ!」
リジーは、どことなく自信がなさそうなところがあったのできっちり褒めることにした。だが、派手ではないが基本に忠実な戦い方をするので、こっちは立ち回りがしやすいのは事実だ。
昨日よりも背筋が伸びて、胸もしゃんと張ってる気がする。
それで気づいたのだが、リジーはかなりデカいようだ。何がとは言うまい。
少なくとも、地球で抱いてた大半のグラビアアイドルのそれは上回っている。良いことだ。
「さて、粗方片付いたみたいですから、2人とも少し休憩にしましょう」
「……ん…準備…」
フィニが、どこからともなくシートを出してきて、私たちが、座れるように地面に敷いた。
「…ここ…座る」
ポンポンとフィニが、シートを上を叩いたので、それに従って、座る。気づくと、いつのまにか火を起こしていて、布で濾した湖の水を、鍋に入れて火にかけていた。
「フィニさんって…ものすごく手早いというか…手際が良いというかぁ〜」
「ええ。だから、すごく助かってるんですよ」
無表情のフィニの尻尾が、ピンと伸びると、ブンブンと振られているのが、横目に見えた。
「あの、以前も伺いましたが、フィニさんと、クリスハルさんって恋人同士なんですよねぇ?」
「そうですね。もともとは私のところに来たメイドなのですが、今は恋人ですね」
「えと、あの…ということは、私、お邪魔だったりしませんかぉ?」
「チームに誘ったの私ですし、リジーさんにもすごく助けられていますから気にしないでください」
「あ、はいぃ…。ありがとうございますぅ」
嬉しそうな顔でお礼を言うリジー。そこにフィニがグイと湯気の立つコップを差し出す。おずおずとコップを受け取るリジーに、フィニがグイと顔を近づける。
「……第二夫人…なる?」
「フィニ。リジーを困らせてはいけませんよ」
「……でも…リジー…いい子」
「いい子だから第二夫人っていうのが、私にはよくわかりませんが、それは本人が決めることです」
まぁ、リジーが少なくとも私に好意を持ってくれているのはわかる。
初めて会ったときには、命を助けている訳だし、ここでも良いチームワークで仕事が出来ているので、理由としては充分だ。
だが、その好意は、別に恋だとかそういうものになるとは限らない。仕事上、好意を持つことと、異性としての好意は、別物だからだ。
「…むう…」
「フィニ、それよりこれは、どういうお茶ですか?少し甘いせいでしょうか、疲れが取れます」
「…蜂蜜…元気でる…」
「蜂蜜入りですか」
こちらにも蜂蜜はあるんだな。確かに、蜂蜜は栄養価が高く、地球でも健康食のような扱いをされることも多い。
(そういえば、深く考えていませんでしたが、この星って地球と比べてどういう存在なんですかね?)
自転は?公転は?地軸の傾きは?恒星との距離は?衛星は?
地磁気があったのは確認したが、それ以外は全くわからない。
日本に作られた映画のセットと言われても違和感ないくらいだ。「夏休み」と言われて、それを疑問も持たないくらいに、明日と言われてそれがその通り来たのを当然に感じたくらいに。
(まぁ、いいでしょう。魔力の大気濃度が変わらない以上、魔法使いとしては、地球と変わらない。それがわかれば、充分です)
「フィニ、とても美味しいです。蜂蜜は好きなので、また淹れてくださいね」
「……ん」
ふりふりと、無表情のフィニの尻尾が機嫌良さそうに揺れている。
「フィニさん、私もこの紅茶おいしいですぅ。蜂蜜の甘さと、ものもすごく丁寧に淹れられている紅茶とが合わさって、ほっ、としますぅ」
「…ありが…う」
素直にお礼を言うフィニ。リジーに褒められることも、またフィニは嬉しいようだ。
「さて、2人共、かなりの数の小物を狩りましたから、そろそろ大物が来るはずです」
「そうですねぇ。オークは『群れ』ですからねぇ」
オークは群れで動く。昨日の数匹だけのハグレたみたいなやつらですら、オークナイトという統率者が居た。
10匹を越えるなら確実に大きな群れであり、必ずそれを統率する強力なオークがいる。これだけの数なら、確実にナイト、下手したらジェネラルが出てくることもありえる。
「………ん…来た…」
フィニの耳がピコンと立ち、敵の来襲を告げる。フィニはもともと鋭敏だった感覚を、第1門の魔法で強化している。
100メートル以上先で動いたウサギが、草むらをかき分ける音すら拾う。
「フィニ…どちらの方面ですか?」
「……あっち…1匹だけ…」
「1匹だけ…ハグレたやつですか?それとも…」
「…足音…オークより…大きい…」
オークの身長は2メートルほどだが、ナイトくらいまでは、体格が大きく変わらないはず。少なくともこの前見たナイトは大きさだけは、ほかのオークと変わらなかった。
となればジェネラル以上か。フィニがジッと見た先を、私も見ようと第1門の魔法を使ってから、目を凝らす。
ドシ…ドシ…。低い足音が聞こえてきて…
「ゴォォォッッ!!!」
直後、低い唸りが大気を割いた。
声の主を探して、木々の隙間から見える彼方に、生える木の下枝より頭が上にある巨大なオークが立っているのが見えてきた。
「あれですか…あれはヤバいですね」
ジェネラルではない、もっとヤバい濃厚な魔力に、私は背中を汗が伝うのを止められなかった。
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