第31話
「あれはオークキング?」
オークは群れを組む習性があるが、その群れを維持するために階級が別れている。
読んだ資料から推測すると、どうやら戦い、勝ち、一定の魔力を体内に蓄えるようになると、階級が上がるようだ。
全てのオークは、ただのオークから始まり、ソルジャー、ナイト、コマンダー、ジェネラル、キングと格を上げていく。
だが、フィニは私の言葉に対して、首を振った。
「…オークブレイブですぅ」
「オークブレイブ?」
見た文献の端っこに書いてあって斜め読みしかしていなかった。確かキングと同格だとは思ったが…
「位のないオークが
リジーがフィニの呟きを補足する。うんうん、とフィニが頷いて、話を引き継ぐ。
「…キング…統率…得意…ブレイブ…戦い…得意」
「なるほど。キングになるまでの可能性を戦闘能力に全振りしたのがブレイブという訳ですか」
そのオークブレイブだが、こちらに気がついてはいるのは確かだが、距離を詰めてこない。様子を見ているのだろうか?
いや、違う。あれは『余裕』だ。いつでも殺せるという、上位者の目線だ。
「…戦う…厳しい…」
「オークブレイブと戦うのは危険ですよぉ…。クリスハルさん、ここは逃げましょうぅ〜」
リジーもフィニも、オークブレイブと戦うと恐らく負ける…と暗に告げてきた。オークブレイブが纏っているのは、かなり濃厚な魔力だから、是非とも、頂きたいところだけど…。
「今の私たちでは歯が立たないくらいですか?」
「それは何とも言えません〜。ただ、オークはブレイブにまでなると、レッサードラゴンすら狩るとも言われていますからぁ…」
「つまり、オークブレイブと戦うならば、ドラゴンと戦うのと同等の覚悟をする必要がある、ということですか…」
「そういうことですぅ」
ドラゴン…か。地球には、もちろんドラゴンなんて存在していない。だから、ドラゴンが、どの程度の存在かはわからない。
(でも、いくらなんでも、あの天使より強いということもないでしょう)
オークがどれだけ進化したところで、あの天使まで達することはないだろう。
オークが仮にほかのオークを狩り、蓄積出来る魔力限界まで貯めてオークソルジャーに。オークソルジャーがほかのソルジャーを狩りナイトに。ナイトがほかのナイトを…と。
これをキングまで繰り返した場合でも、魔力濃度は中位精霊に届かないだろう。それも飽くまで奪って自らに蓄積する際に、私並みの魔力操作が可能な場合だ。
目の前にいるブレイブも、キングと同程度と仮定しよう。となれば、ブレイブも中位精霊には遠く届いていないくらいと予想できる。とは言え、まだ下位精霊になりたての私よりも、魔力濃度は確実に高いだろうが。
「逃げたいところですけど、たぶん、あのブレイブっていうのには、追いつかれますね。だから、さっきからあんなに余裕そうなんですよ」
「え、まだ距離はありそうですけどぉ…」
魔力の動きから推測するに、第1門、第3門、第10門が使えそうだ。第10門は、フィニも覚えたばかりの移動・物質操作系統。下手すると瞬間移動を使われて、一瞬にして間合いを詰められる。
「向こうの方が動きが早いですね。逃げるのは得策ではありません。正面から迎え撃ちましょう」、
「……覚悟…」
フィニの呟きに、リジーも力強く頷く。
「わかりましたぁ。私も腹を括りましょう。そうですよ、勝てば実入りがすっごく大きいですよぉ!」
私は二人の前に立ち、左右の剣を抜く。そして、全力で魔力を流し込むと強化魔法を全開でかける。
(第3門3階位魔法、
(第1門・3門混交4階位魔法、
(第1門5階位魔法、
筋力20倍、速度50倍、反射神経50倍。さらには、最近使えるようになった、第9門の魔法もかける。
(第9門3階位魔法、
急所を守るように、砂鉄製の鎧が現れるので、これにもバッチリ魔力を通して強化する。
「さぁ、みなさん、来ますよ!フィニは遠距離から私の援護、リジーさんはフィニの護衛をお願いしますね!」
こちらの準備が整ったのを理解したのか、単なる偶然なのか、再度オークブレイブが咆哮を上げる。
そして、手に大きな鉈のような剣と、壁のような盾を構えて、真正面から突撃してきた。
足がとんでもなく早い。100メートル以上あった距離が一瞬で詰まっていく。
「
第9門1階位魔法。決められた範囲を脚で踏むと電撃が襲う…そんな罠が出現するだけの、シンプルな魔法だ。
だが、タイミングが合わせることができれば、早く走る敵ほど効果的だ。足が電撃でしびれて、縺れることになる。
踏み出そうとしたオーガブレイブの足先で
元々第9門は得意中の得意な魔法だ。第1門で反射神経が強化されている私からすれば、タイミングを合わせる容易いことだ。だが…。
グシャァ
タイミング的には完璧だった
いや、私の魔法が弱いのか…どうも私の第9門は遠距離を狙うときの威力減衰が大きい気がする。
「パワーで押し切ってきましたね…
私とオークブレイブの間にガッシリとした砂鉄の壁が現れる。やはり近距離で使えば、威力が高いみたいだ。
現れた砂鉄の壁は、私の身長よりも遥かに高さがあり、オークブレイブからは、すっぽり隠れて見えるはずだ。
「………
フィニのささやき声と共に、オークブレイブの顔面に砂ぼこりが飛んできて当たる。
第10門2階位魔法
だが顔に砂を当てられたオークブレイブはたまったものではない。走ってきた動きを止められる訳もなく、砂鉄の壁に突っ込みながら、大鉈をやみくもに振るった。
砂鉄の壁は紙のように左右に切り裂かれ、大鉈はそのまま、地面に突き刺さる。
「フィニ、ナイス援護でしたよ!」
「…………ん」
オークブレイブの腕の長さも、鉈の長さも、体格も、全て見えていれば、どこに攻撃が来るかなんて、簡単に読める。
「
地面に突き刺さった鉈は片刃。上側に当たる峰側から押さえつけるように電磁石で繋げられた砂鉄が覆い尽くし、鉈を拘束する。
もちろん、単なる磁力での拘束が、明らかにパワー重視のオークブレイブ相手に、長続きするものではない。
だから私は拘束が解けるよりも早く鉈の上を駆け上がり、右腕の上に乗った。すでにメリメリと剥がれかけている砂鉄の拘束が完全に切れるよりも早く、肘関節のあたりに、大脇差を深々と突き立てた。
そして、深く突き立てた大脇差をかっちり掴んだまま、腕の右側に降りた。私の体重に合わせて、ぐるんと半回転をした大脇差は、オークブレイブの右手前をあっさりと切り落とす。
「ブギャァァァッッッッッ!!」
「右腕を落としましたよ」
右手を抑えて痛がるオークブレイブを横目に、地面に落ちた一の腕は、素早く吸収した。オークブレイブの右手の魔力は、濃厚過ぎて胸焼けしそうだ。
「うっぷ。かなり濃厚な魔力ですねぇ」
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
オークブレイブがさらに絶叫すると、切り口が盛り上がり始めて…あっという間に右腕が生えてきた。
「やはり再生しますか…」
だがこちらは腕を吸収したことで、魔力濃度が上がった。一方で、オークブレイブは、再生したことに魔力を使い、身体全体の魔力濃度は減少している。
「ワギャオオオオオォォォッッ!!!」
腕を切られた痛みでだろう、怒り狂ったオークブレイブが盾を突き出してきた。
身長3メートルはあるオークブレイブが持つ盾によるラッシュは質量の暴力だ。壁のように巨大な盾を前に、受け止めたり、反らしたりなどということは出来ない。
ならば、後ろに引くか、横に大きく避けるか。
後ろに下がるのは単なる仕切り直しで、こちらに有利なことは何一つない。
横なら当然、武器を持つ右手側にではない方に逃げるのが定石だ。しかし、盾を横倒しにして、さらにやや左手側に広めに取って突き出してきている。
間違いなく、そちら側から回りにくくするための策だろう。怒り狂っているようで冷静なやつだ。横でも後ろでもない。
「ならば…下ですね」
だが縦長の盾を横倒しすれば、今度は必然的に高さが足りなくなる。
私は、低い姿勢で盾を突き出してくるオークブレイブの、さらに下を行くことにした。
スライディングで盾の下をくぐり抜ける。そして盾の内側という、オークブレイブの懐に潜り込む。
この状態からオークブレイブは何も出来まい。
しゃがみこんだ姿勢から、今度はウサギ跳びの要領で、一気に飛び上がる。そして通り抜けざまにオークブレイブの無防備な左腕を、脇から大脇差で切り上げた。
着地してすぐに、ボトリと落ちた左腕を吸収。再び魔力濃度を上げることに成功する。
「ふぅ。ここまでは初手の不意打ちでどうにか出来ましたね。オークブレイブの魔力も1割ほどは奪えたので、上々でしょう」
まだ魔力濃度の差は依然として大きい。右手や左腕を吸った感じ、オークブレイブの魔力濃度は20〜23%程度はある。
中級精霊は25%からであり、オークブレイブの魔力濃度はその手前だった。私の予想は、やはり良いところをついていたようだ。
しかそ、1割を奪ったとしても向こうの濃度はまだ20%弱はある。対してこちらの濃度差は、体積差を考慮しても、14、5%といったあたりだろう。
まだ、依然としてオークブレイブとの魔力濃度差は大きい。さらには、もともとの体格でも負けているだから、依然として、不利な状況は変わらない。
「さて、どうしましょうかね?」
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