第32話
ところで魔力濃度は体積が小さい方が有利なのは間違いない。だが、仮に蟻サイズが神力に到達したとしても、あまり意味がない。
というのも、サイズ差におけるパワー差は、魔力の強化を軽く凌駕するからだ。
例えば私の筋力は今、20倍まで強化できる。しかし全く魔力を使えない動物の象にすら、パワー負けするだろう。
オークブレイブは、私を見据えて、怒りを秘めながらも、明らか様子が変わった。
オークブレイブは、身長3メートル弱。体積はおおよそ5倍あり、パワーもそのまんま5倍はあるだろう。
つまり、オークブレイブが4倍以上の強化が出来れば、私は力負けする。
魔力濃度では負けているが、恐らく魔法のテクニックでは勝っている。そのため、総合的な強化度合いは私が上だろう。だが、それも元の筋力差を覆すほどの優位性ではない。
そして体積差は、濃度では不利だが、総魔力量では圧倒的に有利。あらゆる要素から、正面から戦ったとして、私が圧倒的に不利な訳だ。
「でしたら、どうしますか…フィニ!」
「……ん…
手から離れた持ち物は、魔法で
フィニたちの目の前に現れた。
「リジーさんは、そのオークブレイブの盾を使ってください!今使っているオークナイトの盾より重いですがそのぶん、頑丈なはずです」
「は、はい!」
「フィニ、鉈の方はさらに遠くに!」
言うまでもなく、すでに実行していたようで、向こうに見える湖にポチャン、という音が聞こえた。
「……実行済み…」
「さすがフィニ。素晴らしいです…あとは…」
指を鳴らすと、オークブレイブの足元から、巨大な砂鉄の薔薇が何本も生え、そしてナイフのような巨大な茨を向ける。
「
砂鉄で出来た、巨大な棘だ。周囲から逃げ場の内容に鋭い茨がオークブレイブを狙う。
しかし、その茨が届く前に、ブン、とオークブレイブの姿が消えた。直後、私の後ろに姿を表す。
「ゴアァッ!」
「魔法戦は私の十八番ですよ」
消えた瞬間に後ろに来るのは、魔力の動きからすでに読み解けていた。だから…
「
オークブレイブが飛んでくる場所は、すでに砂鉄の壁で四方を囲み済みだ。その中には、砂鉄を集めて空中へ大量に舞わしている。
そこに電圧の非常に高い電撃を走らせると、砂鉄が連鎖反応を起こして、粉塵爆発のようなことが起きる。
チュドッ!!!!!
閃光と爆裂音。オークブレイブがまともに爆発を受ける。閉鎖空間で受ける爆発はまた威力が非常に高くなるはずだ。
だが、爆発の音と供に、オークブレイブの拳が砂鉄の壁を砕く。どうやら爆発の衝撃を外に逃がすことで、ダメージを低くしようとしたようだが…。
「間に合わなかったようですね。今、振るった拳には、明らかに精彩が欠けていましたね。ダメージを負ったのでしょう?」
「グオアーー!」
崩れた壁の向こうから現れたオークブレイブは全身の皮膚が焼けていた。皮膚が爛れ落ちた顔をさらに真っ赤にして怒りを示すオークブレイブは、私を見るとクルリと方向を変えた。そして、武器を奪ったフィニに向けて牙を剥いたのだ。
「へぇ。誰が魔法を使ったか、わかるんですね…やはり、この世界の魔物は、何がありますね…」
オークブレイブは、無防備なフィニに向かって距離を詰める。しかし、その間にリジーが盾を構えて立ちはだかる。
「さ、させませんよぉ!
「フンゴー!!!」
振るわれた岩のような拳を、リジーは盾で受け止める。受け止めるとき、天恵の効果だろう、周囲の魔力が集まり、第3門、第10門の魔法らしき効果を発揮していた。
第10門は移動・物質操作の魔法だが、もう1つの属性として、防御や結界に関する魔法もある。どちらかしか発現しないが、フィニは移動、リジーは防御が使えるのだろう。
リジーの天恵が流す魔力は、盾を強化して、衝撃を和らげる効果を発揮しているはずだ。
盾と拳がぶつかり、ゴイン、と素手で殴ったとは思えない硬質な音がする。
再度、振るわれる鉄のような拳も、リジーは盾で受け止めた。だが、流石にこれ以上は受けられないだろう。
すでにオークブレイブを追いかけていた私は、3度目の拳を振り上げたオークブレイブに、後ろから斬りかかろうとする。
が、腕を狙った斬撃は、あっさり躱された。
「なっ…!?」
「フゴォ?」
横目で見たオークブレイブの顔は…笑っていた。この魔物、怒っているように見せて、機会を伺っていたのか!
振り上げた高い位置にある腕を切るために飛びかかった私は、まだ空中にいた。
そこをオークブレイブの左の拳が、狙い撃ちにしてくる。なるほど、高い位置の腕を切るために飛び上がることを計算していたのか!
「ぐぅっ!!」
慌てて左腕のユピテルで受けるが、質量と速さの暴力を前には紙同然。
強烈な衝撃とともに、景色が飛ぶように流れた。上も下も左も右もわからない、浮くような感覚に頭の中が真っ白になる。
だが、殴られた左手の、焼けるような痛みが、逆に理性を引き起こした。
「…ぐ…あ…
背後の、木と木の間に、蜘蛛の巣のような、砂鉄による網を作り出す。
網に受け止められた私の身体は、空を飛ぶことをようやくやめた。引き伸ばされた網は、元に戻り、勢いを失った私の身体は地面に転がった。
(吹き飛んだ先に樹木があって、もしぶつかってしまったら、私の身体はぐしゃぐしゃだったでしょうね…危ない危ない…)
しかし、危険は、まだ去っていなかった。
四つん這いから、暴れ狂う三半規管を叱咤して立ち上がろうとしている途中にも関わらず、オークブレイブはトドメとばかりに距離を詰めてきたのだ。
「ぐっ…これはマズいですね…」
「フッヒャー!!!」
オークブレイブが私に必殺の拳を振り下ろそうとしたそのとき。
まるで絵が投影されたかのように、唐突に、私とオークブレイブの間に人が立ちはだかった。
「リジー!?」
「ガードは、私に任せてくださいよぉ!!」
遠くのフィニが地面に片膝をついて、肩で息しているのが見えた。…つまり、リジーを私の前まで魔法で飛ばしたのだろう。
リジーは、蛇の尻尾部分まで含めるとなかなかの巨体だ。巨体を飛ばすのはそれなりに大変だからな。
「
「フンゴォ!」
三度、リジーの盾とオークブレイブの拳がぶつかった。リジーは下半身が蛇で、地面に接する部分が大きく、二本足の生物よりかなり踏ん張りが効く。
しかし、そのリジーですら一撃で、30センチは後ろに下げられた。
(何撃も持ちませんね…少し痛いし、魔力も使うので嫌ですが、そうも言ってられませんね!)
オークブレイブが腕を再生したのと同じだ。魔力を巡らせて、ぐしゃぐしゃになった左手を治す。
(ぐぅっ!?)
だが、骨の位置を魔力で無理やり戻すために、治す腕には激痛が走る。
ゴインッ!
オークブレイブが振り下ろした拳と、リジーの盾の4度目の激突。受け止めたリジーの全身が震えている。これ以上は受け止められないだろう。
「リジーさん、ありがとうございました」
「はいぃっ!」
盾と拳がぶつかったその瞬間。
その大きな衝撃にどちらも動きが止まるタイミングを見計らい、私は盾の前に飛び出す。
盾を殴りつけている右手を切り落とす。勢いのまま空中で、一回転しつつ、両の剣を構え直して…!
「フゴッッッ!?」
「3対1で申し訳なかったですね」
左右の剣を交差させるように、太いオークブレイブの馘首を切り落とした。ボトン、大きな馘首が落ちると、続けてその巨体も地面に崩れ落ちた。
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