第33話

頭に柔らかい感触がある。


オークブレイブを倒した後、魔力を吸収した。そこまでは覚えているのだが…。


「うっ…痛い…」

「あ、クリスハルさん、目、覚めましたかぁ?」


頭を走る鈍い痛みに思わず、目を開ける。すると、上から見下ろすように、こちらを見ているリジーと目が合った。


「あれ…リジー…さん…?」

「ええぇ。オークブレイブを倒した後に、突然、倒れたから、びっくりしましたよぉ」


この姿勢、この距離。どうやら私はリジーに膝まくらをしてもらっているようだ。いや、蛇の下半身に膝はないが…。


至近距離で目があったからか、膝枕をして貰っていて、こちらが無防備な姿勢だからか、どうにも照れくさい。


「あ、えーと、すみませんね。すぐに起き…」

「大丈夫ですからぁっ!」


起き上がろうとすると、リジーに肩を圧されて寝かされた。まぁ、少しヒンヤリしていて、心地がいいし、リジーとしても問題がないなら、このままにさせてもらうとするか。


「あの…クリスハルさん〜?」

「はい?」

「ええと、その、ありがとうございましたぁ。クリスハルさんが居たから、オークブレイブに勝てたんだと思いますぅっ」

「何を言ってるんですか。3人で力を合わせたから何とか勝てたんですよ」

「あの…その…ですねぇ、えーとぉ〜…」


リジーの顔は、赤くなっていた。だが、その赤い顔を隠しもせずに、表情だけは真剣になる。


「クリスハルさん、ものすっごくカッコよかったですぅ〜」

「リジーさん?」

「え、あ、私、何言ってるんだろぉ~?」


と、顔を赤くして、両手で顔を覆ったリジーを、いつの間にかいたフィニが、ジッと覗き込んだ。


「……第二夫人?」

「えっ!?あっ…そのぉ…」

「…やっと…その気?」

「あ、え…はいぃ〜」


フィニの言葉少なくも、的確な指摘に、リジーは消え入りそうな声ながらも、肯定の言葉を出して認めた。リジーの肯定は、私にとっては決して悪い気はしないことではある。


しかし、簡単に頷けもしない話である。


「リジーさん、貴女の気持ちは嬉しいのですが…」

「だ、ダメですかぁ?私は、フィニさんの次で構いませんからぁ…お側にぃ…」

「ダメ、というよりもですね」


第二夫人というか、恋人を公認で2人というのは流石に前世でも経験がない。


国の制度として一夫多妻が認められているところに知り合いもいた。が、あれは何人もの女を囲える財力と、女側もその財力だけで納得できる割り切りがあって成り立つものだ。


それはともかく、フィニが認めて、リジーもそれで良いなら、そっち側の問題だけなら、私としては断る理由もない。


それよりも問題は、流石に恋人となれば、私の事情を話さない訳にはいかないということだ。フィニは、順序が逆だったが、なし崩しだったということもある。


「私の気持ちとしては、問題ありません。しかし、私はある秘密を持っています。それを聞いてから改めて問題がないか、決めて欲しいのです」


秘密を抱えているという私の告白に、リジーは何故か納得、という顔をした。


「…何となくわかりますぅ。クリスハルさんのその力普通の天恵ではありえないですよねぇ」

「解るのですか…」

「ええぇ。地属性の魔術と、ショートソードを扱える天恵は森祭祀ドルイドしかありません〜。しかし森祭祀ドルイドにあそこまで高い接近戦をする能力も、砂や鉄の壁を操る能力もありません〜」


こっちは全力で戦っていたからなぁ。魔法だってバッチリ使っていたから、流石に天恵については、隠しきれなかったようだ。


「結論から言うと私は天恵なしです」

「………私も…」


私の言葉にフィニが続く。フィニまで言う必要はないとは思うが、フィニになりの誠意なのだろうか?


「えぇ?ど、どういうことですかぁ?クリスハルさんもフィニさんも、天恵なしぃ?天恵なしで2人とも、何であんなことが出来るんですかぁ!?」

「私は、異世界の神でした。そして、この身体の持ち主は自らの命を捨てて私を呼びました。私は異世界の知識を使った…それだけのことなんです」

「え…えぇ…?」

「いきなり異世界の神とか、呼ばれたとか言われても、困るでしょう?だから、どうするかの判断は、リジーさんにお任せしますと話したのです。私は、ただ事実を言うだけですから…」


まぁ、いきなり異世界の神なんて言われて信じる方がおかしい。せめて魔力が見えれば説明がしやすいんだけどなぁ。


「え、でもそんなはずないですぅ。天恵を使うと必ず感じる『暖かさ』みたいなのが、クリスハルさんもフィニさんもあるんですぅ」

「暖かさ?」

「えーと、その他の人はわからないって言うんですけどぉ…。私、誰かが天恵を使うとき、こう何か暖かいのが集まってくるのがわかるんですぅ」


魔力視ならぬ、魔力『触』がリジーに備わっているということなのだろうか。視覚だろうが、嗅覚だろうが、触覚だろうが、魔力の動きを感じて、わかるならば、話は早い。


「リジーさん、貴女が感じている暖かさは、魔力というものです」

「魔力ぅ…?」

「はい。魔力と言います。大気に満ちていて、そして私のいた世界では、天恵なしに魔力を操る技術があるのです」

「天恵なしで、あの暖かいのを、ですかぁ?」

「そうです。フィニにも、その技術を教えました。だからフィニも、私も、天恵がなくても関係ないのです」


リジーはしばらく、うーん、と唸って腕を組んだ。大っきな胸部が、組まれた腕にさらに寄せられ、乗っかり盛り上がった。


フィニは、まるて仇に会ったかのようにリジーの盛り上がった山を睨んだ。いや、別に私はオッパイ星人じゃないから、そんな目で見なくても…。


暫くしてから、リジーは、腕組みを解いて、首を振った。


「普通なら、信じられません〜」

「でしょうね」

「でも、あの『暖かいやつ』の動きを見れば、そうとしか説明がつきませんよねぇ。その…クリスハルさんの言う操る技術って、私にも使えますかぁ?」


一応、魔力と天恵の調査をしていて、天恵を持つ者でも魔法を使えるようにする方法は見つけた。


しかし、1度、魔法を使えるようにすると、元に戻せない不可逆なものなので、簡単に出来るとは言えない。


「一応、出来ないことはありませんが、残念ながら基本的には無理と言って良いでしょう。天恵は、こっちが考えたら勝手に魔力を動かすでしょう?」

「はいぃ。そもそも操作自体、出来るなんて知りませんでしたぁ」

「そうなると、こちらの操作は受け付けなくなるでしょう。魔力の操作は繊細なんです」


魔力は最適化のために、繊細な操作をする。少し動きが変わるだけで、別の魔法になって、さらに暴発しかねない。


邪魔されながらなど、台風の中で、砂粒を数えるようなものだ。無理がある。


「でも、その技術のお陰でクリスハルさんはあれだけの強さを手に入れたんですねぇ」

「まだまだです。私の理想とする強さには遠く及びません。それまでは鍛錬あるのみです」

「今でも充分に強いと思いますが、クリスハルさんは、そんなに強くなってどうするんですかぁ?」

「強くですか…目的は2つあります」


二本の指をピースのように立てる。そしてリジーに見せながら、一本の指を折り畳んだ。


「1つは、私をこの世界に呼んだ、この身体の元の持ち主の復讐です。この身体の持ち主は天恵がないことで、ひどく不遇な人生を歩んでいました」


クリスのアザレアたちへの復讐は、真っ先にすべき目的だ。命を懸けてまで私を呼んだのだから、可能な限り叶えてやりたいと思う。


この身体を、これから末長く使わせて貰う対価として、果たすべき義理である。


「そこで自分の命を捨てて、復讐を臨んで、私をこの身体に顕現させました。ですから、願いを叶えて上げる必要があります」

「えーと、その、復讐相手は誰なんですかぁ?」

「勇者王女アザレア」


まるで陸にあげられた魚のように、口をパクパクさせて、絶句するリジー。


当然、とばかりに何度も頷くフィニとは対象的だ。


「えええええぇ!?あの勇者の天恵のぉ!?」

「ええ。そうです」

「だって、あの人はこの国で最強とすら言われているんですよぉ!北の山に住む、レッサードラゴンをたった1人で斬り殺したんですよぉ!」

「知っています」


あちらこちらの書物に、アザレアの偉業として称えられように書かれていたのだ。図書室で調べ物をしていたら、嫌でも目に入ってしまった。


「その表情…クリスハルさんは…それにフィニさんも、あの勇者に勝てると思っているんですねぇ」

「勝てますね。あの程度でしたら、2ヵ月強くなる時間があれば楽勝です」

「楽勝ぉ!?」

「ええ。強さがどの程度がわかっていますので、はっきり言って、準備さえすれば楽勝です。流石に今では勝てませんけどね」


アザレアがどの程度かは、この前に闘技場で見てわかっている。使用できる魔力量は、かなりのものではあったが、中級精霊の入り口に入るか入らないかと言ったあたりだろう。


「あとは自衛ですね」

「じ、自衛ですかぁ?たった2ヵ月で勇者に勝てるほど強くなるというのにですかぁ?」


こっちの方が圧倒的な課題だ。力を高めるだけならば、以前よりも簡単で、環境も揃っているので早いだろう。


だが、また神力を手に入れた時に、地球の時と同じ様に目をつけられたら堪ったものではない。


だから、私がある程度の力を付けつつも、暫くは隠蔽する方法を考えなくてはいけないのだ。


これについては、まだ目処がついていない。


「はい。こっちにくる前の私は強かったですよ。それこそ、あの勇者程度ならば、100人束になって掛かってきても勝てるくらいでした」

「ええええええぇ!?」

「神だった、と言ったでしょう?それでも私は殺されましたから…」


リジーは、私の言葉に黙ってしまう。目指す頂の高さに、途方もなさに、絶句してしまったか?


「だから、次は、私を殺したヤツらが、もう1度私の目の前に来たとしても、絶対に勝てるように、強くなる必要があるのです」

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