第34話

「さて、私が話すべきことは話しました」


改めて向き直り、リジーを正面から見る。いつになく真剣な顔をしているリジーから、その心の内は知れない。


「それでリジーさんは、こんな面倒な背景を持っている私でも大丈夫ですか?」

「……」

「リジーさんとは、まだ数日しかご一緒していません。それでも、これまでの貴女の言動から、信頼出来る方だと思っています。私としては、貴女に受け入れて頂けると嬉しいです」


リジーは、ギュッと私の両手を握ってきた。その手は、力強く、自信を持っていて、リジーの気持ちと決意がよく伝わってくる。


「クリスハルさんの言う前世?の異世界の神って言うのが、いまだによくわかっていません〜。でも、今目の前にいるクリスハルさんは、信用できる人だと思っていますぅ」

「ありがとうございます」

「それにオークブレイブを倒したのは紛れもない事実ですぅ。天恵を持っていないとか、異世界の神だとか云々なんかよりも、その事実にまさることはありません〜」


こちらを見るリジーの目には、迷いはない。


オークブレイブを倒した。その事実が細かいことを吹き飛ばしてしまうくらい、蛇女族ラミアの、強さに対する信仰というか、価値観というか、はかなり根強いものだとわかる。


「何より、クリスハルさんは、私の『役割』を理解して褒めてくれましたぁ。蛇女族ラミアの里でバカにされることはなくても、褒められることは決してなかったんです…だから、それが嬉しかったですぅ」

「私としては正当な評価をしただけなのですよ」

「それでも、ですぅ。だから、フィニさんと一緒に、クリスハルさんの復讐にも、もちろん協力しますぅ!」


笑顔で復讐に付き合うと言われると少し妙な気分にもなるが、彼女なりの、あるいは蛇女族ラミアなりの、誠意なのだろう。素直に受け取っておく。


「…では、恋人になった証としてですね」

「こ、恋人ぉ!」

「違いますか?」

「い、いえ、合ってますぅ!あっていますよぉ!」


リジーは顔を赤くしていて、何とも初々しいしい反応を返してきた。私は、というと、こういうときでも迷わずスパリと言ってしまう。


女慣れしていない訳ではないが、どうにも迂遠なのが苦手なのだ。言葉を扱う魔法使いだからこそだろうか?


恋心も、大事な想いも、重要な伝達事項も、きちんと口にしなくては、伝わらない。そういう思想というか、信念みたいなものを持っている、ということもある。


「私のことは、これから『ハル』と呼んでくださいね。この星に来る前の、私の本当の名前です」

「……ハルさん…ですねぇ」

「ええ、そうです。リジーさん、これから改めて、よろしくお願いしますね」


☆☆☆☆☆☆


リジーと恋人関係になった。フィニという恋人もすでにいる中で、さらに2人が公認というのも何とも複雑な感情になる。


私は前世含めて浮気などをしたことがない。


理由はシンプルで浮気は、酷く非効率で、リスクの大きいものだからだ。別の女が良いと思ったら、今の女に別れを告げれば良いだけの話なのに、それをしなくてリスクを抱えるのも馬鹿らしい。


現実として、私から別れ話を切り出すことはなかったが、浮気した女と別れたことは多々あった。


私は色恋よりも、魔法の鍛錬が何よりも好きだったのでそこに原因があることはわかっている。だから浮気した女を責めるつもりもない。


ということで、女に特に困らなかった前世でも並行して2人の恋人が居たことはなかった。今回に限って言えば、浮気ではなく公認なのだから、問題はないのだろう、多分。


「そういえば、ハルさん〜」


フィニが用意した夕飯を食べながら、そんな取り留めないことを考えていたら、リジーが不意に話を切り出してきた。


「なんですか、リジー」

「ええと、フィニやハルさんが使ってる魔法?でしたっけぇ?先ほど、ハルさんは『一応、出来ないことはありません』と言ってましたよねぇ?」

「ええ、まぁ…」

「つまり、天恵があっても、何らかの方法で魔法が使えるようには出来るんですよねぇ?」


リジーの言うとおり、天恵持ちが魔法を使う方法はある。


いや、これまで、何人かの天恵を使っている流れを観察していて方法を思いついた、のだ。


天恵とは、端的に言うと、何らかの力によって、人間を魔道具化する現象だ。


魔道具は、本来詠唱で補うものを、回路として道具に埋め込むことで、魔法を再現している。


さらには、魔道具には、大きく2種類あって、門を魔法使いが代用するものと、門すら擬似的に作ることで誰でも魔法使えるようにしたもの、がある。


前者は未熟な魔法使いが、魔法を覚える時に使う教材だ。魔法は、自力で詠唱したほうが効率もいいため、教材としての魔道具を使うのは初心者しかいない。


後者は馬鹿みたい高価な品だ。地球では裏世界でわずかに出回っていた。門も擬似的に再現しただけなので、効果はひどく弱い。


しかし、それでも普通の人間が魔法を使えることはとても大きいことなので、政治家や大金持ちがこぞって求めていた。


そして、天恵は前者だ。人間に、初心者が使うような回路を植え付けて、まるで魔道具のように、自動的に動くようにしている。


回路が植え付けられた場所は、どの天恵も口から脳にかけて書き込まれているのを確認した。


口で発動の言葉などを言うことで、回路をキックして、そこから脳の回路につながり、使用者の考えを読み取りながら、適切な天恵を発動させるようだ。


脳を弄るのは流石に危険だ。だが、そこまではしなくても口の回路を破壊すれば、天恵はキックされないので発動しなくなる。


回路の破壊も簡単だ。大量の魔力を流し込んで回路を焼き切ればいい。ほんの少しだけ、チクリとした痛みはあるが、それだけだ済むだろう。


すでに試して問題ないやつで人体実験は済ましてあるので、天恵を消せることは確実だ。


「使えるようにはできます。単純な話で、天恵を破壊して使えなくします。それで魔法は使えるようになりますが、天恵は2度と使えなくなります」


要するにそういうことだ。天恵が一般的なこの世界ではとんでもなくリスクが高い。


「わかりましたぁ。お願いしますぅ」


だから、リジーの、少しの躊躇いもない決断に、さすがに私も狼狽した。


「その…理解していますか?天恵を2度と使えなくなるんですよ?」

「でも、ハルさんみたいな能力は使えるようになるんですよねぇ?」


それはなるだろう。リジーはすでに天恵の影響で第3門と第10門が開いている。1日もあれば、天恵と同等の働きは得られるようになるだろう。


「なります。それは保証しますよ」

「でしたら、問題ないですよねぇ?」

「なるほど…よく、わかりました。理解した上なのですね。リジーの覚悟を受け取りましょう」

「よ、よろしくお願いしますぅ」

「少しチクリとしますが、動かないで下さいね」


天恵を破壊するほどの大量な魔力。


それは、オークブレイブを吸収したことで、中位精霊直前まで魔力の濃度が上がった私の身体があれば簡単に供給できる。


もちろん、私の身体は身体を千切るわけにはいかないので、体液で代用する。しかし、流石にここでリジーの口に、フィニに毎晩、与えているようなを流し込む訳にもいかないので…。


リジーの肩を掴み、身体が動かないようにすると、その桜色の唇に、私の口を重ねた。


「!」


動かないように、頭に手を置き、開いた口に舌を入れて、唾液を流し込む。


(上口蓋のあたりでしたね)


舌でそのあたりを何度も擦りながら、膨大な魔力を流しこんでいく。最初は、驚いたように目を見開いていたリジーも、今では力も抜けて、トロンとした様な顔で、目を瞑っている。


「ッ!?」


しばらく舌で撫でていると、リジーが、ピクリ、とだけ動いた。それから、魔力を流す手応えが変わり滑らかになる。天恵の回路が破壊された証だろう。


口を離すと、まるで未練があるかのように、リジーと私の口の間に透明な橋が出来る。


「さて、これで天恵は発動しなくなりました。どうですか?使えそうですか?」

「いえ…使えません〜」

「成功しましたね。では早速、異世界の神の技である『魔法』を教えましょう」

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