第77話

アザレア王女は、全身ボロボロになりながらも王都の王城に到着した。


まるで乞食のようなボロ布を纏い、両腕はなく、身体全体は泥と砂に塗れている。あまりと言えばあまりの見た目から、貧民街から抜け出してきた物乞いにしか見えず、そのまま王城に赴けば、門前払いされていたことだろう。


しかし、アザレアは、幸運なことにも王城への道で学園の取り巻きの1人に会えた。そのため彼の執り成しのお陰で入城もスムーズに進められる。


入城して、国唯一の回復系天恵を持つ医師が呼ばれると、その懸命な治療により、アザレア王女の両手は元に戻った。


両手が戻ったアザレアはすぐに身を清め、父王に謁見をする。


「アザレアよ…一体、何があったのだ…連れて行った学生たちはどうなったのだ…」

「父上…申し訳ありません。裏切り者のクリスハルを追っていたら成龍グレードドラゴンに襲われたのです!」


クリスハルを追ったことにも、アザレアはもちろん理由をつけていた。ポピーと結託して、王家に納入する物資を横領した…ということにしたのだ。


ポピーはもちろん、アザレアからの依頼をこなして納品も済ませている。しかし、その納品を受けたのはアザレア。いくらでも誤魔化しができる、というわけだ。


成龍グレードドラゴンに襲われただと!?アザレア、それはどういうことだ?」

「わ、わかりません。理由は不明ですが、成龍グレードドラゴンのブレスで学生たちは一瞬で燃え尽きました。私が持っていた剣では龍に傷は与えられません。そして腕を千切られながらも、何とかここまで逃げ延びてきた次第です」


必死の涙と、織り交ぜられた嘘。


嘘をつくときは、丸々嘘を言ってはいけない。矛盾がすぐに生じてしまうからだ。正しい嘘のつき方は真実に嘘を織り交ぜる。


アザレアの言葉も決して嘘ではない。だが肝心な真実…クリスハルに負けた…ということを伝えなかった。


アザレアのほかにはハルたちしか生存者がいないのだから、この嘘を否定できるやつなどいない。


真剣な演技も入った嘘は、王には簡単に受け入れられた。もともと、この王はアザレアには甘く大した追求をするつもりもなかっただろうが…。


「なるほど…それは大変だったのう…王家の品物を取り返すためとはいえ、苦労をかけたな」

「いえ。しかし成龍グレードドラゴンはここにもやってくるかもしれません。すでにクリスハルの横領した品物は成龍グレードドラゴンのものになっていた模様。取り返そうとしたがために…すみませぬ!」


よくぞまぁペラペラと嘘が出てくるものですね、ハルがこの場にいたらそう言って、舌を出していたことだろう。


アザレアとすれば、最初の訴えさえ通ればあとは、いくらでも誤魔化せるという算段なのだから、嘘もペラペラでてくる。


それは事実うまくいった。


「なんだと?では、すぐに対策をしなくてはならないではないか!」

「陛下、その件について1つ策がございます」

「策だと…アザレア申してみよ」

「神剣アストロシティを私にお貸しください。あれを私が持てば成龍グレードドラゴンくらい簡単に撃退できましょう」


前のめりだった国王だが、アストロシティの名前に急に弱気な顔になった。


「うぬう。アストロシティか…あれは普通の人間には扱えんよ…神剣でもあるが、魔剣とも言われている。いくらなんでも危険ではないか?」

成龍グレードドラゴンは並の剣では歯が立ちません!そして次、対峙したとき、剣がまた折れては殺されるやもしれません…何卒…!」


まさかの土下座。


参列している宰相や、何人かの大臣たちは、普段のアザレアの態度を知っているだけに、頭を深々と下げる行為に思わず息を呑んだ。


今、アザレアの頭にあるのはクリスハルたちへの復讐だけだ。そのためなら、頭を床に擦り付けるくらいなんてことはない。


「わかった。アザレアよ、宝物庫からアストロシティを持っていくがよい。その代わり必ずや成龍グレードドラゴンを退治するのじゃ!」

「はっ!ありがたき幸せ」


アザレアはもう一度国王に頭を下げて謁見室から下がる。そして、駆け出すように宝物庫に向かった。


王族なだけあり、宝物庫の場所は知っている。子供の頃にはらクリスハルと隠れん坊に使って怒られたこともある、馴染みの場所だ。


宝物庫の門番が、アザレアに頭を下げるのを横目で見ながら、重々しい扉をあける。雑多に高価な品物が置かれたその1番奥。


寝かされ、ひっそり隠れるように置かれた、しかし巨大な剣がアストロシティだ。


見た目を簡単に言えば『飾りっ気のないシンプルな鉄の板に持ち手がついている』となる。


あまりの巨大さにアザレアは驚くが、勇者の天恵を発動させて、剣を持ち上げた。


刃の長さだけで2メートル。横幅は30センチ、厚さも10センチはある。剣というよりも鉄板、いや鉄塊だ。


柄もそれを支えるに足る異常な太さがあり、アザレアの手では完全に握り込むことができない。なるほど、普通の人間では扱えないというのもわかる。


そしてこれはもちろんタダの鉄塊ではない。異常な程の魔力濃度があり、亜神級はある。ハルがいたら喜んで吸収していたことだろう。


「これがあれば、私の腕を千切ったクソ龍も、クリスハルも全部ぶち殺せる!」


ぶん、とアザレアが振り回すと妙に手に馴染むような気がした。これはいい、とアザレアが内心で思ったときだ。


『くくく。勇者の天恵…か、面白い』


突然、アザレアの頭の中に声が響いた。


「だ、誰だ!?」

『誰とは不敬ものめ。我は異世界の神だ。その剣の本来の持ち主であるぞ!矮小なる人の子よ!』

「異世界の神だ…と!」


アザレアの頭に浮かんだのは…クリスハル。やつは自らを異世界の神と名乗った。


「貴様!クリスハルの仲間か!」

『クリスハルだと?来栖波瑠のことか?やはり…抜き取った魔力量が少しだけ足りないと思っていたがこの世界に流されていたか』

「出てこい!異世界の神などぶち殺してやるわ!」

『ふむ。少し黙れ!』


その声とともに、神剣から稲妻のようなものが流れてきた。アザレアの身体に耐え難い激痛が走り、彼女は思わず膝をついてしまう。


「かっ!?ぐっ…!」

『バカものが。神に逆らうとは愚か者め。ぶち殺すだと?やってみよ?ん』

「でてこい!卑怯だ…がぁぁぁっ!?」


今度は神剣から吹き上がった炎がアザレアの半身を焼く。激痛を超えた激痛に、アザレアはついには地面に倒れ伏した。


『矮小だな…この程度のゴミに我が神剣を使わせるのはもったいない…もう少しまともな…む?』


完全に意識が切れたと思っていたアザレアだが、神剣を杖にして起き上がってきた。その目には怒り、そして復讐。その憎悪の濃さに、異界の神は思わずヒュウと口笛を吹いた。


「私は!勇者なのだ!!」

『ほう。根性だけはあるようだな…』

「当たり前だァァァァッッッ!」


アザレアは絶叫する。魂からの咆哮に、口から飛ぶ唾には血さえ混じっていた。


「天恵なしというゴミなのに私の婚約者という名誉を与えたのだぞ!それなのに自殺するだと!自殺して異界の神を呼んで私に復讐するだと!?お陰で…私は…私は…あんな下賤な男たちに何度も、何度も犯されたのだぞ!この高貴な私がだぞ!絶対に許せるものかッッッ!!」

『ふうむ。なかなか濃厚でドス黒い、いい怨念だ』

「クリスハルに与えられた屈辱、晴らさぬで死ねるかよ!根性?憎悪?そんなもの、後から後から、いくらでも湧いてくるっ!!」

『なるほど。人の話を聞かないバカさもここまでの怨念を纏えれば1つの能力か。よし、そなたに神剣を使わせてやろう』


その声の主がそう言うと、アザレアの身体を光が包んだ。すると、瀕死に近いような重傷を負ったアザレアの身体が、あっという間に治ってしまう。


「なっ…なにが起きた!?」

『そもそも我は来栖波瑠とは敵対しているのだ』

「なに!?」

『その剣を使い、来栖波瑠を殺すのだ!さすれば神剣を通してさらなる力を授けてやるぞ!』

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