第61話

さて、シイカを弟子にするというイベントを挟みながらも、崇拝の様な目で見てくる村人に囲まれ、村の中を進んでいく。


村を囲む防壁は、石造りであり、見るからにかなり強固なのが伺える。周囲には畑が広がっていたが、内側には恐らく家畜だろう動物が収められた建物をちらほら見かけた。


魔物避けの立派な防壁では、広さも取りづらく必然的に飼料を集めて持ってくる必要があるだろう。まぁ村の規模にしては立派で大きな防壁だが、それでも放牧をするに広さは明らかに足りない。


「家畜は村の中なのですね。家畜用の飼料を集めてくるのは大変ではないですか?」


先導する村人にそう話しかけると、警戒していたのが嘘のように友好的な笑みを向けてくる、


「ええ。大変ではありますが、外だと魔物に食われてしまいますから…内側にせざるを得ないのです」


なるほど、そういう事情があるのか。確か、魔物は何故か、総じて肉食なので、畑が荒らされる心配はない、と聞いたことがある。魔物は、魔物でない草食動物を食べるという。


実に不思議な生態系だ。草食の魔物というのはいないらしい。


「ふむ。それより私たちは随分と村のみなさんに警戒をされているみたいですね」

「す、すみません。ここは辺鄙な村でして…人がほとんど来ないので、珍しいのだと思います」


厳密には警戒8割、連れの少女たちに対する好色な目線が2割、と言ったところだろうか。


先程の魔法は、私たちを取り囲んだ村人たちにしかかけていないのだから、そうなるのも仕方ないのかもしれない。


先導して案内している村人たちに非難がましい目を向けている者さえいる。よほど村の中に入られたくないのだろう。


この異常な警戒、門番に対して、彼らが村全体で共謀して処理したのは確定的だ。


「辺鄙とは言いますが、確か、北には黒檀鋼オールドエボニーの鉱山がありましたよね」

「はい。ですが、今では全く需要がありません。しかも魔物が住み着いています。極稀に、珍しい物が好きな変わり者が採掘するようですが…」

「そうなのですね」


やはり、黒檀鋼オールドエボニーの鉱石は直接掘りにいかないと手に入らなそうだ。変わり者の物好きは、当然、自分で使う分しか採掘しないだろう。


「周りの立派な防壁は過去に栄えた時の名残です。内側がそれなりに広いのも、当時は人口がいまの10倍ほどいたからなのです」


掘り尽くして廃坑になるのはよく聞くが、まだ掘れるのに寂れるのは何とも寂しいものだ。様々な目線にさらされながら、歩いて数分、私たち一行が案内されたのは、村にある唯一の宿だった。


一階が、食堂兼酒場になっている、特に珍しくないタイプだ。夕方近いからだろうか、酒場にはそれなりの人数が、各々の食卓を囲んでいた。


「小さなところで恐縮ですが…」

「いえ。屋根のあるところで寝られるだけで、十分にありがたいのです。助かります」


もちろん、私たちは、ポピーの天恵『農場』に作られた家に寝泊まりしているので、毎日屋根付きなのだがそんなことは口にしない。


部屋は2階に並んで5つ。各自、個室になるように分けられた。個室はおおよそ地球でいう普通のワンルームもない、ひどく狭い部屋だ。


(家具は粗末で、ベッドはシラミだらけですね。何というか、このまま寝るのは論外ですね)


シラミなんて感染症の温床みたいなものだ。治癒系統の魔法が使えない現状では、当然、避けたほうが良いだろう。


(第9門で強めの静電気を起こして、纏めて駆除するか…静電気スタティック


ベッドの端に手を掲げて魔法を唱えると、上にかけられたシーツが、バチバチと音を立てて、静電気が走る。シーツを剥がして軽く振ると、ノミの死骸がパラパラと砂のように落ちてきた。


(これは…あまりよろしくないですね。ほかのみんなのベッドにもやってあげますか…)


そう思い立ち、ほかのみんなのベッドのノミを駆除するため、自分の部屋を出た直後だった。


この村に入るときに仕掛けておいた、ある魔法に反応がある。


(早速、役に立つとは思いませんでした)


ある魔法とは、第9門の雷系統と、第2門の精神操作系統を組み合わせた混交魔法、悪意感知イービルセンサーというものだ。


雷系統の電波を射出して、反射を読み取る能力と、精神操作の系統の読心を組み合わせた魔法だ。


特定の感情を持った脳波の動きを、電波の反射で遠くから読み取り、精神操作系統魔法で解析する。


(さらに組み合わせを進化させて、魔法のレベルを上げれば、戦闘にも生かせそうですが…まずはこの程度で我慢しましょう)


名前の通り、この魔法は、悪意を感知する。悪意と言っても幅広く、直接的な害意から妬み、怒り、欲などこっちに被害が出そうな感情は全て捕まえる。


では、悪意を抱いて近づいてきたのは誰か。


先ほど言ったとおり、敬意を抱かれるようにした村人は、私たちを囲んだ武器を持っていた十数人だけだ。ほかの村人はいちいち操作していたらキリがないから放置していたが、警戒を緩める訳にもいかず備えとして使っていた。


反応を元に相手をたどると…宿の一階の酒場に溜まっていた男たちの1団だった。


「ありゃ、いい女だったなぁ」

「蛇女とか胸がデカくて、堪らねぇよなぁ」

「一緒の男はヒョロそうだったしな…。押せばいけるんじゃないか?」


(さて、これは…ああ、なるほど。わかりやすい感情でしたね)


どうやら、私の連れたちに欲情して良からぬことを考えていたようだ。さて、猥談をしている程度ならば、こちらからは、特に何をすることもしないのだが…。


聞こえなかったふりをして、一階に降りて、近くのテーブルに座って様子を見ることにした。

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