第81話

「王になる…ですか」

「ええ。精霊殿は、王の位には興味あるまい。父はそのまま公爵領を、私は王位を。父とはそう話がついている」


バンラックは何らかの確信を持って言っているようだが、実際にそうなのだから否定はしない。


「ええ。そうですね。私としては別段、構いませんよ。アザレアに復讐を果たしたら、この国を出る予定ですから…」


そして、たぶん恋人たちも私に着いてきてくれるだろう。彼女たちは、この国にほとんど想いを持っていない。ならば、魔法を極めながら、彼女たちとこの世界を旅し続けるのも悪くない。


「ところで精霊殿、少し休憩をしないか?一応、私の目的を精霊殿には知ってもらいたいので、話す時間が欲しい」

「いいでしょう。こちらもそろそろ休憩にするつもりでしたから…少しくらいでしら伺いましょう」

「それはよかった………おい、お前たち、休憩時間だ、準備をしろ」


後半は、後ろに並ぶ部下たちに向かって言った。


バンラックの命令に従い、キビキビとした動きで、部下の騎士たちは休憩スペースを作り始める。


後方に控えていた馬車から、折りたたみのテーブルやら椅子やらを取り出してきて、あっという間に簡易な休憩所が出来上がった。


(ま、私たちは、ポピーの農場ファームのお陰でもっと楽をしていますがね)


「精霊殿は、コーヒーを飲むかな?」

「ええ。ブラックでお願いします」


そういえば、地球にいた頃、ブラックコーヒーは思考がクリアになりやすいので愛飲していた。こっちに来てからは飲む機会もなく、すっかりご無沙汰していた…。


いやいや、待て。そもそも、こっちの世界でもあの黒い飲み物のことをコーヒーというのか?


「はは。やはり、精霊殿は異世界から来たのだな。コーヒーとは召喚勇者のヒーロ殿が愛飲していたものであちらの世界だと愛好者が多いと聞いていた」

「カマをかけましたね」

「失礼。こちらの世界で、その召喚勇者ヒーロ殿が数年前に再現して、一部貴族でも愛好者が増えていてね…精霊殿も欲しければいくらか分けよう」


あまりにも自然に聞いてきたので、あっさり答えてしまった。迂闊だった。


勧められた席に着くと、騎士の1人が綺麗なカップに入ったあの黒くて、香ばしい、飲み物を私の前に置いた。


懐かしい香りだ。手にとって飲んでみると…ものとしては、まぁまぁと言ったところか。やや焙煎し過ぎで苦味が強くなっている。好みの問題かも知れないが…。


「それで、バンラック殿…私に聞かせたいこととは?」


私は、今のこの1分1秒を争っているわけではないが、別に互いに暇人というわけでもないだろう。なので、本題を話すように水を向けると、バンラックもコーヒーを一口だけすすってから、話を始めた。


「国を統治するために税金は必要だ。道や水道、あるいは魔物から防衛、こうしたものに税金が使われるのは当然のことだ。また庶民からそれらの金を取るために、王や貴族が権威を持つのも必要なことだろうと思う」

「ふむ…それで?」

「金額そのものとしては特に取りすぎということはあるまあ。実際に庶民は困窮はしていない。しかしこの国では、民から取りあげた金が、全く還元されていないのが問題だと思っている」


なるほど。バンラックはそのあたりを認識していたのか。まぁ、天恵がないが、頭が悪くなかったクリスハルに本を与えるくらいの合理主義者だ。それくらいには思い当たるのだろう。


「不要な門兵に、荒れた街道、各村は特に国に何かをしてもらった、ということはないでしょうね」

「精霊殿の言う通りだ。街道は荒れ果て、荷馬車カーゴギルドが王都に着くだけでも苦労をしたという。実は水も悪く、腹を壊して毎年多くの子供が死ぬ…当たり前の景色になっているがそんなことはない。整備すればかなりの子供が助かるだろう」


国は金だけ取って何もしていない、と。まぁ門兵派遣料なんて全く要らないものに金を使わされて、ほかは完全に放置だからな。


「つまり、各村にとっては、特になくても全く困らないのが、今の王であり、貴族たちなんですね」

「その通り。国から見れば、完全な寄生虫だ」

「ふむ。それでバンラック殿は、王になってどうするおつもりですか?」

「大したことはしない。何、当たり前のことをするだけだ。税金を取り、国を整える。荷馬車カーゴギルドや魔素材ギルドとのやり取りを増やして、国をもっと富ませる」


恐らくは、そんな単純なことではない。


国が富めば、それの富を今度は他の国から狙われることになる。狙われれば、国を守らなくてはいけない。国を守ろうとすれば、さらに金がかかる。


まぁ、だがそれでこそ健全な国と言えるのかもしれない。あまりに辺境で、村がバラバラすぎて無視されるが故に、無駄な税金を取る貴族がいる。そんな歪んだ政治体制は、そろそろ終わりにすべきなのだろう。


「わかりました。特にこちからは協力はいたしません。しかし、そちらからけしかけてこない限り、邪魔もしませんので…」

「そうか。それはありがたい。部下たちにも精霊殿と、その仲間には決して手を出さないように徹底しておく」


とは言うが、実は私にとっては渡りに船だったりする。私は、クリスハルとの約束のために、王家を滅ぼすことはすでに決めていた。


だが、その後のこの国はどうなる?


もちろん私が王になることはない。となれば、国王がなくなったこの国はどうなるのか?案外そのままでもいいのかも知れないが…。


(寄生虫のような王族を滅ぼしたとして、大きな影響はないと高を括って、放置したまま国を出るつもりだったのですが…。実は少しだけ…ほんの少しだけ…無責任かなぁ、とは感じてはいたんですよね)


どうも私は魔法以外への興味が薄くて…特に世俗の権威を面倒に思っている。だから、地球にいたころもそういった権威に近づくことを、極力避けていた節がある。


もし、そういう面倒なことをバンラックがやってくれるならば、実にありがたい。心のつかえも取れるというものだ。













※もしよろしければ、コメント、評価など頂けるととても嬉しいです。何卒よろしくお願いします。

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