第26話

王都から、あまり開かれていない道を進むが、途中までは昨日通ったところだ。


迷うようなことなく、私たちは、予定通りに道を進んでいく。


昨日の斥候の遺体があったので、使えそうなナイフや金だけを失敬して、遺体は道端に埋めておいた。


この男はすでに制裁は受けたのだ。ならば、仏さんになってまで、辱める必要はあるまい。そう思ったからの措置なのだが、フィニとリジーからは優しいですね、と言われた。


曰く、殺そうとしてきた相手なのだから、首切り取って晒すぐらいする人もいるみたいだ。


いくら何でも殺伐としすぎだと思ったが、それは地球の価値観でしかない。この世界の価値観ではそうした方が良いのだろうか?


「この斥候もこうなっては何も出来ないだろう?」


言い訳がましいが、理由を話しておく。


何も出来ないのはこの世界だからで、地球の頃の私ならば、体組織が7割残っていれば、生き返らせることも出来た。骨になっていたら無理だが、この程度の死体ならば復活も可能である。


この世界では、死者の蘇生手段は確認されていないようだ。地球での蘇生魔法だって、私が第4門を極めた先のオリジン魔法だったのだから、それはそうかもしれない。


「そうですねぇ。たしかにクリスハルさんの言う通りですぅ。私としては彼が死んでしまったことで、恨みらしい恨みも残ってませんからねぇ」

「リジー、すまなかったね。私の価値観で勝手に埋葬してしまって…。一番、恨みがあるのは貴女だろうに」


私は腹が立つ以上のことは起きていない。


だがリジーはチームメンバーを2人失っている。臨時で何回か組んだだけのメンバーとは言え、私より被害が大きかったのは確かだ。


「あ、いえ。クリスハルさんに謝っていただくようなことではありません〜!薄情かもしれませんが、亡くなった方まで辱める習慣が、私はあまり好きではなかったのでぇ〜…」

「そうですか…」

「はいぃ。ですから、むしろクリスハルさんがそういう優しい方で良かったですぅ」


興奮気味に私の手を掴み、話すリジー。するとそれが気に障ったのか、フィニが間に入り引いて、私からリジーを離した。


驚くリジーに、ゆっくりと顔を近づけたフィニは、口が開いたかもわからないくらいに、小さく、ボソりと告げた。


「…リジー…近い」

「あ、フィニさん、すみません〜」

「…リジー…ハル様…寵愛…受けたい?」

「えぇ!?ちょ、寵愛ってフィニさん、何言ってるんですかぁ?」

「…ハル様…すごい…ハーレム…当たり前」


尻尾ふりふりしながら、ハーレムだなんだと得意げに言われても困る。地球じゃあ、死ぬまで独身だったから、結婚とは無縁だったしな。


「フィニ…リジーが困っていますよ」

「……私…第一夫人…ハーレム…許可…」

「フィニ、リジーさんを第二夫人にするって前提の話は止めましょう」


私がそう思わずツッコむ。すると、フィニは耳と尻尾をクテンとさせて、じっ、と私を見てきた。


「…私…第二夫人?」

「なんでそうなるんですか?」

「…ハル様…優しい…イケメン…絶対…モテる…」

「フィニが、私のことをそう褒めてくれるのは嬉しいですけどね…」


フィニの耳に顔を近づけて、小さな声で話す。フィニは耳をピンと立ててから、あんっ、とか妙に艶のある声を出した。


(フィニ、私のいた国は、どんなに偉い人でも、お金持ちでも、結婚相手は1人なんです)

(…つまり捨てられる?)

(だから、そんなことはしませんって!)


フィニからまた離れて、おほん、とわざとらしい咳払いをする。


「あーもー。もし私が複数の妻を娶ることが仮にあったとして、フィニを第一夫人にしますから、ね」

「……うん…」


私は一体、何の約束をさせられてるのだ。


☆☆☆☆☆☆


村に行くまでの途中、何度かファングウルフなどに遭遇した。しかし、リジーとフィニのコンビネーションは素晴らしく、私が出る幕はなかった。


「リジーさんは、戦い慣れていますね」

「そ、そうでしょうかぁ?」

「先日、オークと戦ったときもそうですが、冷静に戦況が見えていて、ご自分の役割を確実にこなすので背中を預けられます」


決して派手ではない。だが、出しゃばらず、かと言って期待以下のことも、予想外のこともしない。


さらには、こちらが動きやすいように敵の動きをコントロールするので、かなりやりやすい。


「そう言って貰えると嬉しいですぅ」

「正直、私はこれまでチームで戦うことは少なかったので、リジーさんみたいに、こちら見ながら戦況をコントロールしてくれる人がいると、こんなに戦い易くなるとは思いませんでした」

「あはは…褒めすぎですよ…明日もよろしくお願いしますね」

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますぅ」


その日は順調に進み、目的地の村までたどり着くことができた。


村は周囲には、中が見えないように木壁が覆っている。木壁は厚みのある板で出来ていて、中には砂利や土を詰めているようだ。


重量もあるので、防壁としては十分な役割を果たしそうだ。


反面、家は木造りで、見窄らしい。


防壁の切れ目は、馬車がギリギリ通れる程度の入口があり、そこには門兵らしき男が立っていた。


「なんだァ、おめぇら?」


剣呑とした様子で門兵は、私に槍を突きつけながら誰何してきた。返答するように、魔素材ギルドの身分証を差し出す。


「私は魔素材ギルドの傭兵だ」

「実績0の青二才か…まぁいい。村には宿なんかねぇからな。村の端っこの広場でも使え」


小馬鹿にしたような門兵が、槍を構えた際に、魔力の動きがあった。グラムスと変わらないくらいには動いていたので、天恵、槍騎士のものだろう。


槍騎士は、世間的には相当なエリートだ。こうやって魔物が出現する地域の門兵をやれば、国からもかなりの高給が出るし、田舎の村人からは多大な尊敬を集められる。


「いや。ちょっと待てや」

「ん?なんですか?」

「村を使わせてやる代金として、後ろの女のどちらかを置いていけ。この村には、ろくな女がいねぇからなァ」


そう、あと非公式ではあるが、こういう恩恵にも預かれることが多いのだ。だが、もちろん私がそれに付き合う理由もない。


「断ります」

「アァ!?てめぇ死にたいのかぁ!」


私は、荒事に関して慣れに、慣れている。プロ格闘家、ヤクザ、テロリスト、警察、軍人、特殊工作員…。どんな連中とも矛を交えることを辞さなかったし、交えた相手は降参するまで追い詰めた。


ただ、こちらから戦いを仕掛けたことは1度たりとてない。すべては向こうから仕掛けてきた喧嘩だ。


もちろん、私に力がなければ、命ごと全てを奪われるような過酷な喧嘩である。だから、こちらが命を奪うこともあった。


そんな荒んだ日々だったが、最後に天使に殺されるまで、私は負け無しだった。次はない。次は天使だろうが、その上の神だろうが仕掛けくるならば、殺してみせよう。


ならば、こんなグラムスと変わらない、もはや雑魚のような槍使いの脅しが私に効くわけもないのだ。


「槍を向ける意味をわかっていますか?」

「てめぇをぶっ殺すということだよっ!」


グラムスと変わらないか、下手したら早いくらいのスピードで門兵は、槍を突き出してくる。一般的にはかなり優秀な部類だろう。


左手で、ユピテルを抜きざまに、槍を金太郎飴のように輪切りにした。


「へっ?」


呆けている門兵に接近すると、大脇差で足の甲を突き刺す。叫び声を上げる前に、素早く左の護拳で下から殴りつけて顎を砕いた。


左フックの強い衝撃で、槍使いの門兵は吹き飛びそうになる。しかし、左足を大脇差で、地面に縫い留められているので、吹き飛ばず、尻もちをついた。


「ぶっ殺す、貴方はそう言いましたよね?ならば、貴方は私にぶっ殺されても仕方ないですよね?」

「ヒィッ!?」


大脇差を足から抜き、反対側の足の甲を突き刺す。フンガーという悲鳴が漏れるが、再度、下顎を殴りつけて悲鳴を打ち消す。


護拳を通した、粉々に骨が砕ける感触。槍使いの門兵は、比喩ではなく文字通り空いた口が、塞がらなくなっていた。


「ふぅむ。貴方、私の恋人と、チームメンバーに対して性欲を抱いたのですね?」

「ヒュー…ヒュー…」

「このまま放っておいて、間違いがあると困りますね。念のために性欲の根源を潰しておきましょう」

「ヘアエアッ!?」


全力を込めて、股間を蹴り上げるとグシャという感触とともに、スボンに赤い花が咲く。顎を砕かれても尚、村中に響く悲鳴が男の口から溢れ出た。

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