第三話「カインに相談」

 翌朝、フラッドは朝食を食べていた。


「今日は新メニューのジャガサラダです」

「ほう、ジャガサラダとな?」


 給仕を務めるサラがジャガサラダの入った皿を置いた。


「これは潰してあるのか?」


「はい。湯がいたジャガイモの皮を剥いて潰し、他の野菜と混ぜ、マヨネーズとドレッシングで味を付けたものとなります」


「うん、美味い! 野菜は嫌いだが、これならいくらでも食べられるぞ! やはりウチの料理長は天才だったか……!」


「ふふふ、料理長も喜びますよ。失礼しますね」

「んー」


 微笑みながらフラッドの頬についた食べかすを拭うサラ。


「とろこでエトナはなにをしているんだ?」


「なにやら荷造りしているみたいです」


「失敗前提?!」


「失敗前提?」


「……いやなんでもない」


「フラッド様、国王陛下から命書が届きました!」


「やはり来たか……」


 フラッドは食事をやめ、使いから命書を受け取ると、カインを伴って自室へ入り、封蝋ふうろうを外して中に目をとおし、カインに渡した。


「ベルクラントのことで辺境伯に頼みたいことがある。すみやかに王都へ参られたし。ですか……」


 読み終えたカインが命書を机の上に置く。


「カイン、正直に言うと俺は王都に行きたくないし、ベルクラントの要件とやらも受けたくないんだ。どうすればいいと思う? そもそも可能か?」


 フラッドの言葉にカインは眉を寄せてしばらく考え込み、口を開いた。


「できなくはない……。というところでしょうか」


「逆を言えば、受けたほうがいいということか……」


「はい……。普通の書簡ではなく、命書が届けられた時点で、陛下のご意向は明白です。さらにベルクラントも関わっているなら、よほどの理由がない限り、お受けしたほうがフラッド様のためかと……」


「ううむ……だが、それでも行きたくないんだ」


「理由をお聞きしても……?」


「なんだかすごく嫌な予感がするんだ」



 流石に「予知夢が……」と言えないフラッドは言葉を濁した。



「うーん……それですと……いえ、フラッド様の直感ですから……受けないほうが絶対にいいはず……」


 明晰な頭脳を持つカインも難題に頭を悩ませる。


「そうだ! 病気になったということにするのはどうだろう?」


「確かに、よくある手ではありますが……フラッド様の場合ですと難しいかと……」


「? どうして俺だとダメなんだ?」


「もしフラッド様がご病気とお聞きになられたら、フロレンシア殿下が治療しにいらっしゃる可能性が非常に高いのです」


「あ……そう、だな……」


 確かに。と、納得するフラッドの脳内でフロレンシアが「フラッド~」と満面の笑みを浮かべている。


「仮病だと発覚した場合、フロレンシア殿下はフラッド様に味方してくださいますでしょうが、陛下や他の貴族はそうは思わないでしょう。不和や不信の種となりますし、政敵にはフラッド様を攻撃する絶好の口実となります。もし仮病だと発覚しなかった場合でも、殿下の魔法で病は治ったのだから。と、改めてベルクラントの要件を任されることになるかと……」


「それは困るな(爵位はく奪なら喜んで受け入れるが、罰を科されかねないのは絶対にごめんこうむる……」


「もっと言いますと、ベルクラントを敵に回すようなことは、絶対に避けたほうがよろしいかと」


「ああ。それは身に染みてよく分かってる……」



 ベルクラントを敵に回すことは全サク=シャ教徒を敵に回すことであり、そうなればこの世界テラーで生きることは至極困難となる。



「唯一とおりそうなのは、精神的な病になった。と、することです」


「肉体の病と何が違うんだ?」


「殿下の魔法は傷や腫瘍しゅようといった肉体の病なら全て癒すことができますが、精神的な病までは癒せないのです」


「おおっそれはいいな! それでいこう!」


「しかし……その場合、フラッド様には精神を病まれた演技を、かなりの期間続けてもらうことになりますが……可能でしょうか?」


「? 調子悪そうにしていればいいんだろう? 簡単じゃないか」


「具体的には……そうですね、おやつも含めた毎日の食事量を減らし、外出もしないでいただき、できれば屋敷の自室の中で過ごしていただくことになります」


「……えっ? 屋敷の中でも? おやつ減らす理由はなんで……??」


「この屋敷やフォーカス領は徹底的な情報統制を敷いていますが、それも完全ではありません。どこでどう情報がれるか分かりませんので……。もし仮病とばれた場合の危険性は、ご説明しましたとおりです」


「…………ダメだな」



 予知夢のとおりなら、三ヶ月後に教皇暗殺事件が起こったため、それまで仮病を続ければいいのだが、自分のつたない演技力で三ヶ月間も周囲を騙しきれるワケがないと悟ったフラッドは首を横に振った。



「カイン……支度を頼む。おそらくだが、断れきれなかったら、王都からそのままベルクラントへ直行することになるだろう。俺がいない間はカインに全権を委任するから、辺境伯代理として上手いことやってくれ」


「は……はいっ! この命に変えましても!!」


「そう気負わなくていい。俺がいないほうがむしろスムーズだろう」


 そもそも今の時点でフォーカス領を運営しているのは、カインとカインが組織した優秀な官僚機構であり、フラッドは上がった書類に判子を押すくらいしかしていないのである。


「そっ、そのようなことはありません! フラッド様あってのフォーカス領、僕たちなのですから!」


「ありがとうカイン。嬉しいぞ」


 カインの頭を撫でたフラッドは、エトナとディーにダメだったと告げるため部屋を出た。

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