第五十二話「決戦」

 チャラカ平原――


 ぶつかり合った両軍が火花を散らしあっていた――


「全軍突撃ィ――!!」

「槍兵、防御陣形――!!」


 帝国軍の歩兵突撃をフォーカス軍が槍衾やりぶすま陣形で阻む。


 槍で貫かれながらも帝国兵は退くことなく前進を続けようとする。


 ある者は盾で槍を防ぎつつ、ある者は体勢を低くし這うように槍をかいくぐる。



「向かってくる敵は突き殺せ!! 潜り抜けてくる敵は叩き殺せ!!」


「ぎゃぁっ!?」

「きゃあっ!!」

「ぺへっ?!」



 最前線で指揮を執るゲラルトが、接近してきた帝国兵を次々と斬り殺していく。


「間合いに入られたら槍を捨て短剣で応戦するのだ!!」



「「「「はっ!!!!」」」」



「弓隊構え!! 狙え!! 放てぇっ!!」


 ベルティエ侯爵指揮の下、領民兵で構成されたクロスボウ隊が一斉に矢を射かけ、矢の装填中の隙を領兵であるロングボウ隊がカバーする。


 ドドドドドド――ッ! 

 ヒュヒュヒュヒュ――ッ!


「がはっ!」

「ぐふっ!」

「ヴェオッ!?」


「クロスボウ隊は焦ることなく落ち着いて装填そうてんするのだ! ロングボウ隊はベテランの風格を新兵に見せてやれ!!」



「「「「おおおお――!!」」」」



「帝国をなめるなよ弱卒じゃくそつ共!! 勇将の下に弱卒無し!! 続けぇっ!!」


 帝国軍の千人隊長が片手剣を振り上げながら、フォーカス軍へと切り込む。


「ぎゃっ!」

「ゲフッ……」

「こっ……!」


 次々と斬殺されるフォーカス兵たち。


「むっ! そこにいるのは名のある将かっ!!」


 視線を向けられたゲラルトが応える。



「フォーカス侯爵領領兵長!! ゲラルト・ベルハルト・ワールシュタットである!!」



「!! 貴様が噂に聞くフォーカスの老鬼かっ!! 相手にとって不足なし!! 我はビザンツ帝国千人隊長ポカ・ホン・タス!! いざ参る!!」



「おうっ!!」


 ド――ッ!


 勝負は一瞬でついた。

 ポカ・ホン・タスの刺突に対するゲラルトのカウンターの刺突がその喉元に深く突き刺さったのだ。


「こっ……こっ?!」


 剣と盾を落とし、喉を押さえながら崩れ落ちるポカ・ホン・タス。


「ひっ!? 隊長がっ!!」

「ポカ・ホン・タス様っ!!」

「マジか!?」


 千人隊長の討死に帝国軍前線に動揺が走る――



 帝国軍本陣――


「なに?! ポカ・ホン・タスがやられた!? 敵もなかなかやるようだ……。だが、エサとしてはちょうどいい。予定どおり第一陣を撤退させろ!!」



「はっ!!」



 フォーカス軍本陣――


「前線は拮抗しているようですね。うん? 敵が引いていく……? ディー!」


【ちょっと待て。うん、分かった。引き続き頼むぞ】


【ピー!】


 鳴き声を上げ魔獣鳥が偵察へ戻っていく。


【お前の予想どおり囮のようだ。丘陵きゅうりょうの陰に騎兵が隠れている。のこのこ追いかけていけば、両側から一網打尽いちもうだじんにされるぞ】


「やはりですか……林を移動させている、こちらの騎兵は気付かれていますか?」


【いや、それはないようだ】


「では、敵の罠にかかったフリをしましょう。よろしいですかフラッド様?」



「カインにすべて任せる」



「ありがとうございます!!」


 カインがフラッドに言った三万の兵力差を覆す勝算とは、このディーと魔獣鳥の存在であった。


 本来なら人が絶対に手に入れられない空からの情報。戦場の俯瞰ふかん図、神の視点を、フォーカス軍はディーたちから手に入れることができるのだ。


 これは戦術どころか、戦略規模の優位性を得られるものであった。



「フォーカス中央軍は敵の誘いにかかったフリをして、退却する敵を追撃しつつ、丘陵の手前で陣を整え敵騎兵に対応! ここで敵は全軍で中央軍を潰しにかかってくるでしょう! なので中央軍には耐えてもらい、十分に敵を引き付けた後、林に潜ませた両翼の騎兵にて敵を殲滅します!! 伝令!!」



「はっ!!」



 チャラカ平原――


「なるほど……難しい注文だが、やるしかないな。皆の者行くぞ!! 逃げる敵を追いかけよ!!」



「「「「おおおお――!!」」」」



 フォーカス軍は後退する帝国軍を追撃しつつ丘陵手前でピタリと進撃をやめ、クロスボウ・ロングボウ部隊を組み込んだテルシオ式の大方陣を組んだ。


 伏兵である帝国軍騎兵隊は、フォーカス軍の急激な進軍停止に気付いていたが、命令を無視できないため、丘陵から姿を現し突撃を仕掛けた。



「突撃ぃ――!! 帝国重騎兵の強さを見せつけてやれ!!」



「「「「おおおお――!!!!」」」」



 馬鎧を着た軍馬に重装鎧を身に着けた重装騎兵がフォーカス軍目掛けて突撃してくる。



「隊列を乱すな!! 乱せば死ぞ!!!!」



「「「「はっ!!!!」」」」



「撃て!! 撃ちまくれ!!」



「「「「はっ!!!!」」」」



「ああっ!?」

「無理だっ!!」

「シヌッ……!」


 騎兵突撃を受けた槍兵が数メートルと吹き飛ぶ。


 時速数十キロの速さで突っ込んでくる、一トン近い重騎兵の突撃を槍だけで受け止めることは不可能。


 方陣も先端恐怖症である馬の動きを止めるための陣形であり、突撃そのものに対処できるものではない。



「くっ……! 怯むなっ!! 突撃しろ!!」


「止まれば死ぬぞ!!」


「はいや!! はいや!!」



 だが帝国騎兵も馬が方陣を嫌って動きを止め、動きが鈍った騎兵は端から槍や弓で倒される――



「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」」



「来たぞ!! 気張れよお前たち!! ここが度胸の見せ所だ!! フラッド様に栄光を!!!!」



「「「「フラッド様に栄光を!!!!」」」」



 反転攻勢を仕掛けてきた帝国歩兵を迎え撃つフォーカス軍。


「ああああ!!」

「うらあああ!!」

「ぬんっ!!!!」


 瞬く間に騎兵歩兵入り乱れた混戦となる。が、フォーカス軍はそれでも隊列と陣を乱さず規律を保っていた。

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