第五十一話「演説」

「兵士諸君!! 私がフラッド・ユーノ・フォーカスだ!! 諸君、よくぞ徴兵に応じてくれた!! よくぞ参集しくれた!! よくぞ志願してくれた!! このフラッド心より礼を言うぞ!!」



「「「「「フラッド様!! フラッド様!! フラッド様!!」」」」



 演説台に立ったフラッドに兵たちが大歓声で応える。


 フラッドは兵を動揺させぬよう、自身が脅えているとはつゆも思わせず、自信満々にふるまう。



「飢饉という国難が王国を襲い、今は帝国という侵略者が王国を害そうとしている!! これは許されざることである!! 私の愛する民、私の愛する隣人、私の愛する王国、その全てを守り抜く!! 奴らには草木の一片も渡さん!! それこそがこの私の決意だ!! 兵士諸君!! 帝国の野蛮で卑劣な侵攻には大きな代償を支払ってもらう!! 諸君らの奮闘に期待している!! ドラクマ王国に栄光あれ!!」



「「「「おおおおおおおおおお!!!! ドラクマ王国に栄光あれ!!!! ドラクマ王国に栄光あれ!!!!」」」」



 地鳴りのような兵士たちの大歓声を受けつつ、フラッドは演説台を後にした。



「流石ですフラッド様!! これで我が軍の士気は最高潮に達しました!!」


 尻尾を振る犬のようにカインがフラッドへ駆け寄る。


「ありがとうカイン。俺は戦についてはからきしだ。名ばかりの大将として、置物の役割はしっかりこなす。作戦・指揮はお前に任せるぞ」


 フラッドは優しくカインの頬を撫でる。


「こっ……光栄です!! この、カイン・ファーナー・ベルティエ、この命に懸けてお応えします!!」


「ああ。信じているカイン。だが、死ぬなよ。約束だ。俺は約束を破る人間は大嫌いだからな」


「はいっ!! フラッド様!!」



 帝都コンステンティノープル――


「なるほど……やはりあの愚弟は動いたか――」


 側近の報告を受けたカリギュラは、驚く様子もなく、淡々とした様子で頷いていた。


「おめになりますか?」


「今更間に合わん。ならば、ヴォルマルクの活躍を期待するだけだ」


「お怒りにはなられないのですね」


「無論だ。元より、アレが命令を従順に聞くような性格だと思っていない」



 カリギュラはこの事態を想定したかのような態度でワインを呷った。



「では、今回のヴォルマルク殿下の独断による、王国侵攻は想定の範囲内。と?」


「ああ。私としては腹違いとはいえ、実の弟がそこまで短慮ではない。と、期待していたのだがな。実に残念だ」


 ため息をつくカリギュラ。


「殿下は勝てるでしょうか?」


「どうだろうな。戦とは生き物だ。その場におらねば分からん。だが、騙し討ちの形にはなった分、ヴォルマルクが優位なことは確かだ」


「殿下はそれでよろしいのですか? ご自身の名に懸けて、フォーカス侯爵と交わした約束を、反故ほごにしたこととなりますが……」



「戦も結局は政治だ。これでヴォルマルクが勝てばよし、負けてもヤツの責任にできる。勝てばフォーカス領を橋頭堡きょうとうほとして確保でき、本格的に王国へ侵攻できる。負けたとて、王国は帝国に攻め入るような度胸などあるまい。停戦交渉を求めてくるだろうから、受け、無理な要求を提示されても、突っぱねればいいだけだ。十分に賭ける価値はあるだろう」



「しかし、十万の将兵たちの命が……」


「見捨てるわけではないが、すべてはヴォルマルクの双肩そうけんにかかっている。仕方あるまい。情で軍は動かせん」



 今回の帝国の王国侵攻軍は、ヴォルマルク麾下きかの部隊と徴兵したばかりの新兵が多く、失ったところで帝国軍においてさほど痛手ではないため、ベットよりもリターンのほうが大きい、帝国にとって有利な賭けであった。



「ヴォルマルク殿下はフォーカス殿を憎んでおります。殿下が勝てば卿の命はないでしょう」


「それも戦場のならいだ。確かにフォーカスは魅力的な男だが、ヴォルマルク程度にやられるなら、所詮そこまでの男だったということだ」


 こうして帝国はヴォルマルクの独断を黙認することとなった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る