第十八話「チェザリーニ」

「じーじ!」


 アリスはすぐ席を立つと満面の笑みを浮かべてチェザリーニにタックル並みの勢いで抱き着いた。


「ぐふ……っ! おっとっと……いい子にしていましたか?」


 鳩尾みぞおちに頭突きを食らいながらもなんとか受け止めるチェザリーニ。


「うん! ふらっどとえとなとでぃーとあそんでた!」


「それはよかったですね」


 優しく微笑む。


「じーじ、だっこ!」


「はいはい。よっ……こい……しょっ!」

「きゃっきゃっ!」


 抱っこされ満足気なアリス。


 セレスがチェザリーニに労わるような視線を向け、抱っこを楽しむアリスををしばらく見てから口を開いた。


「アリス様、そろそろお昼寝の時間です」


「えー? まだあそんでたい……」


「ダメですよアリス。セレスの言うことをちゃんと聞くんです」


「はーい……わかった……」


 渋々と頷いたアリスは、深くチェザリーニの胸に顔をうずめると、地面に降りた。


「ばいばい! じーじ! ふらっど! えとな! でぃー!」


「またなー!」


 アリスが手を振ってセレスたちと共に温室を後にしていく。


「いたたた……」


 護衛に手を貸されながら、チェザリーニはよろめくように椅子に腰かけた。


「大丈夫ですかっ?」


 心配するフラッドに、膝や腰をさすりながら微笑を返すチェザリーニ。


「ええ、お気遣いありがとうございます。まったくいけませんね……。歳を取ると、体のあちこちが痛くて言うことを聞きません。アリス一つ、満足に抱っこしてあげることもできませんよ……」


「大司教……」


「ああ、そういえば彼の紹介はまだでしたね」


 チェザリーニは言いつつ、横に控える帯刀した、短髪のクマの濃い三白眼の男を見た。


 高い身長に細見な体つきだが、まとう空気が尋常ではなく、抜身の刀を思わせる緊張感を漂わせている。


「私の専属護衛のネロです」


「助祭のネロと申します。お見知りおきを」


 ペコリと頭を下げるネロにフラッドも頭を下げる。


「ドラクマ王国辺境伯、フラッド・ユーノ・フォーカスです。こちらこそよろしくお願いいたします」


「専属従者のエトナと申します」


【使い魔のディーだ】


 ネロはフラッドたちへの応対を終えると一歩下がり、チェザリーニが口を開いた。


 エトナとディーも一歩下がり黙って控える。


「それで、フォーカス卿、アリスを見てどう思われました?」


「はい……。素直で、無垢で、無邪気で、可愛らしい。その幸福を願わずにはいられないと思いました」


 フラッドの言葉に数度頷いて目を細めるチェザリーニ。


「……それはよかった。フォーカス卿が素のアリスを受け入れてくださる方で」


「しかし、我ながら随分と不敬な態度だったと思うのですが……」


 首を横に振るチェザリーニ。


「いえいえ、それで構いません。むしろそのままでお願いします。アリスは教皇になったとはいえ、本人が望んでなったワケではありませんから」


 教皇は全人類の中からサク=シャによって無作為に選ばれるため、誰が選ばれるのか、候補はいるのか、次代の教皇はどうなるのか、誰にも分からない。


「神の代理人は神自らがお決めになる。でしたか……?」


 聖典の一節をそらんじるフラッド。


「そのとおりです。とはいえ、アリスはまだ六歳。年相応の子供です。教皇という立場に押しつぶされてしまわぬよう、こういった時間や、素の自分を受け入れてくれる、セレスやフォーカス卿のような存在が大切なのです」


「大司教……(やっぱめちゃくちゃいい人じゃん……孤児を助けたりしてるらしいし……俺なんかよりよっぽど聖人候補じゃない……?)。かしこまりました。私も、公的な場では一サク=シャ教徒して、私的な場では一友人……? いえ、保護者……? として、アリスを支えたく思います」


「ありがとうございますフォーカス卿。どうか、アリスをよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げるチェザリーニの姿と言葉にフラッドは、ポーズではなく本心からアリスのことを想い、心配している親心が感じられた。

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