第十七話「温室とアリスの生い立ち」

 全面ガラス張りの温室はとても広く、魔法によって一年中一定の温度に保たれており、サク=シャ教において神花とされる桜や白百合が咲き誇っていた。


 サク=シャを象徴する花が桜、純白の女神を象徴する花が白百合カサブランカとなっている。



「美しい……なんと立派な桜にカサブランカだ……」


 美しい花々に感嘆の声を洩らすフラッド。


【桜はもっと大きいはずだが、これは小ぶりな種なのか?】


「はい。この温室に収まるように調整された改良種です」


【見事なものだ】


「見ろエトナ! この桜、小ぶりながらなんと立派な花弁だろう!」


「ですねー」


 エトナが気のない返事をする。


「……相変わらずエトナは花に興味がないな」


【そうなのか?】


「まぁ、嫌いなワケではないですけど、花でお腹はふくれませんからね」


 スラム街出身であるエトナは、その時の経験から金にもならず腹も満たせない花への興味が薄かった。


「わかる。はなよりもたべもののほうがうれしい」


「おおう、予想外のところから援護が」


 アリスの言葉に驚くエトナ。


「アリスも花より団子なのか?」


「だんご? たべものならなんでもうれしい。おなかがへるの、いや」


「食いしん坊なんですかね?」


「ちがうもんっ」


 アリスをフォローするようにセレスが口を開いた。


「これは公式情報なのですが、アリス様はスラム街に捨てられていた孤児でして、そのときの飢餓きがの経験から、空腹を嫌われるのです」


 驚くフラッドたち。特にエトナは目を丸くさせた。


「なるほど……私と同じような生い立ちだったんですね」


「えとなもすてられたの?」


 無垢な子供が自分は捨てられた存在であると自覚している。それだけでフラッドはかわいそうで瞳が潤む思いだった。


「そうですよ。フラッド様に助けていただいんです」


「ふらっどえらい! じーじとおなじ!」


「じーじ?」


「チェザリーニ大司教のことです。大司教は孤児対策に熱心で、数多くの孤児を保護しているんですよ。その一人がアリス様だったのです」


「なるほど(めちゃくちゃ良いヤツじゃん大司教……疑って悪かったな……)」



 そうして温室の中にあるガゼボまで足を進め、ティータイムを始めるフラッドたち。



「うーん……良い香りだ……。これはなんのハーブですか?」


「ローズマリーです」


「ズズ……うん、苦い」


 用意された砂糖と蜂蜜をドボドボと入れるフラッド。


「ふらっど、そののみかたおいしいの……?」

「ああ美味いぞ。ほっぺたが落ちちゃうぞ?」

「ありすもやりたい!」


「ダメですよアリス様。あれはダメな大人の見本です。お茶を出してくれた人にも失礼ですから、絶対にやってはいけません」


【そうだ。アレと同じことをしたら脳がプリンになってしまうぞ。ああはなりたくないだろう?】


「はっはっはっ! 散々な言われようだな!」


 エトナとディーの言葉に楽しそうな笑みを浮かべるフラッド。


「えー」

「砂糖は三個までですよアリス様」

「はーい……」


 セレスにも止められたアリスは不満そうな顔をしながらも、ちゃんと言うことを聞いて角砂糖三つで我慢する。


「ちゃんと言いつけを守れるなんて、アリスは偉いなぁ!」


「えらい? ありすえらい?」


「めっちゃ偉いぞ!」


「いえーい!」


 喜ぶアリス。


「ここにいましたかアリス」


 しばらくするとチェザリーニが護衛を連れて温室に入ってきた。

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