第十六話「可愛いアリス」

「では……アリス様」

「んー! ありす!」


 ブンブンと首を横に振るアリス。


「……アリス?」


「んっ! ふらっどよくきた! あそぼ!」


「えっ?!」


 助けを求めてセレスを見るも慈愛に満ちた笑みを返される。


「大丈夫ですフォーカス卿。アリス様はまだ御年六歳。私的な場での年相応な振る舞いは、誰にも責められるものではございません。そもそも、このアリス様をチェザリーニ大司教はじめとする高位枢機卿及び神官、そして宮殿に仕える者は皆知っておりますので」


「なっ、なるほど……?」


「敬語も必要ございませんよ。そしてそのことで責める者は誰もおりません」


(大司教が言ってたのはこのことだったのか……)



 教皇アリスは、公的な場では厳粛げんしゅくな神の代理人、全サク=シャ教徒の母として相応に振舞い、私的な場では年相応に振舞う。


 それを大司教を始めとした枢機卿たちが許し、宮殿に仕える者は皆が知っていた。



「では……ごほん。アリス? 俺の従者のエトナと使い魔のディーだ」


 仕組みを理解したフラッドは、郷に入っては郷に従えの精神で、下手に気を遣うのはやめた。


「エトナです。よろしくお願いしますアリス様」


【ドラクマの魔獣王ディーだ。覚えておけわっぱ


 フォーカス領の魔獣の長だったディーであるが、ヴォルマルクとの戦にフラッドが勝ってからは、ドラクマの全魔獣長に服従の意を示され、魔獣王に昇格していた。


「しゃべった!」


 ディーに反応するアリス。


「さわってもいい……?」


 倍近くも身長さがあるフラッドを上目遣いで見るアリス。


「ああ、い、いいぞ。ディーは頭の良い魔獣だから噛んだりしない。なっ、ディー(分かってるよね)?」


 フラッドのもし傷一つでもつけたら俺もお前も命がないよ? という血走った視線に頷くディー。


【……分かっているぞ主よ】


「きゃー! もふもふ!」


 ディーを抱きしめて頬ずりするアリス。その姿は教皇ではなく、年相応な可愛らしい幼女であった。


【ここまでペット扱いされるのは流石に初めてだな……】


「しゃべる! えらい! あたまいい!」

【うむ……そうだな……】


 ディーは諦めてアリスの好きにさせている。


「可愛いものですね……」

「そうだな……」


 エトナの言葉にフラッドが同意する。


「でぃーわたしとおなじ! しろくてあかいめ! めがみのそう!」


【そうだな。神に選ばれ者は皆こうなるのだ】


「きゃっきゃっ!」

【(もう好きにしろという顔)】



「えとなっ!」


 一通りディーを楽しんだアリスがエトナを見る。


「なんですかアリス様?」

「きれー! びじん! かたでてる!」


 アリスの素直な言葉に面食らうエトナ。


「…………ありがとうございます。アリス様もとても可愛らしいですよ」


「ほんとっ?」

「はい。ホントです」


「ありがとっ。でもありす!」

「アリス様」


「ありすっ!」

「アリス様」


「むー……えとな、がんこっ」

「はい、頑固ですよアリス様」


 エトナはなんだかアリスとフラッドは似ている。と感じ、アリスに対して親近感が芽生えていた。


「むむー……っ」


「ふふっ、アリス様よかったですね。とりあえずお茶にしましょうか」


 一連のやりとりを見守っていたセレスが教皇の私室から見える温室を指した。


「おちゃ! する!」


「ははっ、アリスは可愛いなぁ」


 アリスの素直さに、すっかり毒気が抜かれたフラッドは、ぴょんぴょんと跳ねるアリスの頭を思わず撫でてしまっていた。


「はっ?!」


 そう気付いて手を離そうとするフラッドだったが――


「ん~~」


 気持ちよさそうに撫でられているアリスを見て、撫でる手を止めなかった。

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