第十五話「素のアリス」
翌日、フラッドたちが朝食を終えたころ、セレスがやってきた。
「おはようございますフォーカス卿。なにかご不便や不満を感じる点はございませんか?」
「おはようございますセレス殿。ここまで至れり尽くせりしてくださっているのに、不満などあろうはずもありません」
「それはようございました」
「一点だけ、食事につきまして、別に豪華なものは望みません。神官の皆様と同じメニューでかまいませんが、一品はジャガイモ料理があると嬉しいです」
フラッドの希望に微笑むセレス。
「かしこまりました。フォーカス卿は本当にジャガイモがお好きでいらっしゃるのですね」
「はい。命を助けられましたから。それに味もいいですしね、大好物です」
「フォーカス卿のおかげでドラクマ王国だけでなく、この大陸でもジャガイモ食が広がり、助けられた人々も多いです。それだけで聖人認定すべきでは? と顧問会議の議題に上がったほどですよ」
ギョッとするフラッド。
聖人認定とは、教皇から与えられる最高の称号であり、なにをすれば与えられるという厳密な定義はなく、基本的に徳の高い行いをした者や、多くの人々を救った者が候補に選出され、教皇や高位枢機卿たちが参加する最高顧問会議で満場一致で可決した場合与えられる。
フロレンシアが聖女と呼ばれる理由も、聖人認定を受けたためである。
「いやいや、それならば認定を受けるのは私ではなくジャガイモです。私は聖人などとは程遠い、自分の欲望一つ御しえないような俗物なのですから(俺が聖人なんて冗談じゃない……! もしそうなったらドラクマだけじゃなく、この世界での有名人になってしまう……! 隠居して平民になってスローライフが送れなくなるじゃないか……!)」
「謙虚でいらっしゃるのですね」
クスクスと微笑むセレスに頭を悩ませるフラッド。
「それで、セレス殿はどのようなご用件で?」
話を戻すフラッドにセレスが頷く。
「はい。実は、教皇猊下がフォーカス卿をお呼びなのです。お嫌でなければ、教皇の間まで足をお運びいただけますと幸いです」
「猊下が? 喜んでお受けさせていただきます」
「ありがとうございます。実は昨日から猊下は、フォーカス卿のことをとても気にかけていらっしゃいまして、私的にお話ししてみたい。と、思っていらっしゃったのです」
「私的に……ですか?」
「はい。本日は猊下に聖務の予定はございませんので、私的な猊下とお会いしていただくことになります」
「なるほど……?」
昨日チェザリーニも同じような言い回しをしていたな。と、思いながらセレスに先導されつつ、教皇が居住する区画、教皇の間へと向かう。
フルプレートアーマーを装着した衛兵に通され、教皇の間へと入り、現在教皇が待つ私室の前へ着くフラッド。
「猊下、フォーカス卿がお越しになりました」
「どうぞ!」
「失礼します」
教皇の私室に通されるフラッド一行。
中はとても広く、大きな窓から入った陽の光が天井のシャンデリアまで輝かせていた。
「猊下、フラッド・ユーノ・フォーカス辺境伯、まかりこしました」
部屋の中央で侍女と羽子板をしていたらしき教皇は入室してきたフラッドを見ると嬉しそうに走り寄った。
「きた! ふらっど!」
「は、はい。フラッドでございます猊下……」
満面の笑みを浮かべる教皇に戸惑うフラッド。
フラッドの敬語に顔をしかめる教皇。
「むー……ありす!」
「えっ?」
「ありす!」
「…………」
「猊下は名前で呼んでくださると嬉しいようです」
フラッドが困って視線を向けたセレスがそう補足する。
「しっ、しかし、それはあまりにも不敬では……?」
「フォーカス卿、今は公的な場ではありません。猊下、いえ、アリス様は今、公人ではなく、私人なのです。気遣いは無用です」
「そう言われましても……(これはなにか試されているのか……?)」
「むー……」
しかし、不満気で少しだけ寂しげな表情を浮かべている目の前の幼女に、フラッドは「あ、多分これ素なんだろうな……」と直感的に理解した。
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