第五十四話「一騎打ち」
チャラカ平原・帝国軍――
「殿下、贈り物を持ってきました」
「こんなときになにを持ってきたというのかっ?!」
音もなく出現したフードの男にヴォルマルクが怒りを向ける。
勝敗は既に決し、帝国軍はフォーカス軍と魔獣たちに包囲され、投降を呼びかけられている状態だった。
「フラッド・ユーノ・フォーカスが、自身の命よりも大事にしている侍女を連れてまいりました。ご処分は
そう言ってエトナを差し出し、フードの男は姿を消した。
「フラッドの侍女……? そういえばお前は、奴と共に駐屯地に来ていたな……」
「……お久しぶりですね」
突然の事態にも慌てることなく、
「女一人で戦況が変わるワケがありません。どうされます殿下……?」
側近の言葉に首を横に振るヴォルマルク。
「いや……この女なら勝てぬまでも奴に一矢報いることはできる……」
「できませんよ……っ!」
「ふんっ……!」
隠していた短剣で自決しようとしたエトナの腹に、一撃を叩き込むヴォルマルク。
「かっ……はっ……」
エトナは短剣を落とし、
チャラカ平原・フォーカス軍――
「フラッド・ユーノ・フォーカス!! 俺の声が聞こえているのなら戦闘をやめ、俺と一騎打ちをしろ!!」
「ヴォルマルクは何を考えているんだ? 応じるわけがないだろう?」
「ただフラッド様に一矢報いたいだけでしょうな。実に無様です」
フラッドの呟きに、傷は負ったものの命に別状はなく、手当てを終えて戦線復帰したゲラルトが応えた。
【……待て主、大変なことが起きているようだぞ】
ディーが待ったをかける。
「どういうことだ?」
「これを見ろ!! 断ればこの者の命はない!!」
ヴォルマルクの部下が、意識を失ったエトナを連れてくる。
「?! 何故本陣にいるはずのエトナがヴォルマルクに捕えられているんだ!?」
「なっ、何故だ!?」
動揺するフラッドとゲラルト。
「とにかく軍を止めろ!!」
「しっ、しかしそれでは折角の好機が……!!」
エトナを人質に取られたフラッドは、感情をむき出しにして怒鳴る。
「関係ないっ!! 早く全軍の動きを止めろ!!」
「はっ、はっ!!」
遅れてカインが本陣から駆け付ける。
「もっ、申し訳ありませんフラッド様……! 謎の魔法を用いる輩がエトナさんを連れて去ってしまいました……!!」
「…………」
あそこにいるエトナは偽物でも幻術でもない本物。それを理解したフラッドは息を吐いた。
「ふー…………。なら仕方ない。後は任せるぞ、カイン」
フラッドはすべを覚悟した表情で馬から降り、ヴォルマルクへ向けて歩を進めた。
「おっ、お待ちください! それではフラッド様のお命が……!」
「そうですぞフラッド様! 敵の誘いに乗る必要はありますまいっ……!」
止める二人をフラッドは
「あのヴォルマルクという男は、殺すと言ったら本当に殺す男だ。それに、エトナが死ねば俺も死ぬ。それだけだ。後はすべてお前たちに任す。大勢は決っしている。例え俺が死んだとしても問題ないだろう」
そう言ってフラッドは、単身でヴォルマルクの元へ向かった――
両軍の中央――
「まさか本当に来るとはなフォーカス」
ヴォルマルクの足元には、意識を失ったエトナが横たわっている。
「お前のことはいい奴だと思っていたが、酷い勘違いだったようだ」
「ふんっ! 俺は最初からお前が救いようのないバカで、小物だと気付いていたぞ」
「その救いようのないバカで小物率いる軍に、数で優っていながら無様に敗れたのは誰だろうな?」
「……減らず口をっ!! 抜けぃっ!!」
ヴォルマルクが剣を抜き構える。
「先に聞いておく、俺が勝っても負けても、エトナを解放してくれるんだろうな?」
「ああ。俺とて女を人質にするのは本意ではない。そもそも、お前以外にこの人質は効果がないだろう」
「それはよかった……すまん、エトナ――」
自分は絶対に助からない。だがこの命でエトナを救えるなら悪くはない。と、フラッドは剣を抜いた。
「次期皇帝の武を見せてくれる……!! 魔力よ、根源より来りて宿願を成せ!!」
ヴォルマルクの魔法である《肉体強化》が発動し、魔力がその全身を包む。
皇子として生まれたヴォルマルクは、自らの体全て、
そして、皇子として強くあること。強くありながら自らは傷つかぬこと。その想いが実をなした魔法が《身体強化》であった。
体は剣や矢を弾くほど硬く、
「行くぞ! 下郎!!」
瞬間、ヴォルマルクの体が消えた。
「もらった!!」
「!!」
ヴォルマルク必殺の一撃を、フラッドは生存本能によって自動で避けていた。
「なにっ!?」
「うおおおおっ!!」
フラッドが驚くヴォルマルクの首へ一撃を叩き込む。
が――
ガギィ――ッ!!
「!?」
その一撃はヴォルマルクの強化された皮膚を裂くことなく、火花を散らせるだけであった。
「ふん、やはりその程度か。ちょこまかと避けることだけは得意なようだ。が……これはどうだっ!?」
ヴォルマルクは左手で新しい剣を引き抜き二刀に構えると、足に力を込め、爆発的な速度で肉薄し、二刀の刃が交差するようにフラッドへ振り下ろす――
(あっ……死んだなこれ――)
自身の死を意識した瞬間――
ドクン――ッ!
「?! またかっ!!」
ヴォルマルクの一撃は空を切る。
そして、必死をトリガーに、フラッドの
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