第十六話「弁明と開き直り」

「ごっ、誤解でございますフラッド様! 私が何をしたというのですっ!?」


 クランツは目に涙を貯めた悲愴ひそう的な表情で自身の無実を訴える。


「誤解かどうかはこの屋敷を調べれば判ることだ。二度は言わん、素直に投降しろ」


「フラッド様! いったい誰に唆されたのですっ!? きっとその者は私の座を狙う奸臣かんしん! 全て讒言ざんげんでございます!! フラッド様はこの私とその者と、どちらを信じられるのですっ!!」


 前世の経験から、あからさまなクランツの演技を見破り、苛立ちを覚えるフラッド。


「自己紹介か? そもそも俺は誰にも唆されてなどいない。何故なら、お前の罪はすべて俺自身が暴いたのだから」


「しっ、証拠はあるのですかっ!? いくらフラッド様といえどこのような無体むたい王国法においては……」


「法? 法を持ち出していいのか? お前が」



 フラッドの瞳は芯があるように真っすぐで、クランツは説得が不可能だと悟った。



「では乱心されたのですね……っ! どのような小説をお読みになられたのかは知りませんが……領主たる者が証拠もなく重臣を裁くなど、乱心もいいところです。ゲラルト殿! アナタなら私の無実を信じてくださるでしょう!?」


 今まで静かに二人のやりとりを見つめていたゲラルトは、ゆっくり首を横に振った。


「クランツ殿、本当に無実ならフラッド様に従うべきだ。それでアナタが無実だったのなら、私はフラッド様と共に、その責任をとりましょう」


「…………そうか。は……ははっ……」


 ゲラルトの答えにクランツは顔を歪めて笑った。



「はははははは!! なら皆殺しだ!! お前たち!! フラッドもゲラルトも生かして帰すな!!」



「とうとう本性を現しましたね」

「だな」


 エトナが呟き、フラッドが応えた。


「開き直ったかクランツ。こちらには百名の兵にゲラルトがいる。屋敷の中の数十程度の手勢で俺たちに敵うと思っているのか?」


「数は問題ではない! お前たちが死にさえすれば後はどうとでもなるのだ!! やれ!!」


 クランツの命令に応え、控えていた警備兵たちが得物を抜いてフラッドたちに斬りかかった。


 本来のフラッドなら恐怖で卒倒しているところだが、前世で公開処刑されたときの緊張感と絶望感に比べればなんてことはない。と、思えていた。


「ふんっ!!」


「ぎゃっ!?」

「ごっ……!!」

「かっ?!」


 ゲラルトが即座に反応して、向かってきた三人の兵を剣の腹と柄で殴り昏倒させる。


「お前たちの生存が最優先だが、できるならなるべく殺すな!!」


「「「「はっ!!!!」」」」


 ゲラルトが選抜した精鋭領兵たちは、クランツが雇った警備兵を次々と斬り伏せ、無力化していく。


「死ねぇ!!」


 ヒュンッ――!!


 フラッドの死角からクロスボウが放たれたが、フラッドは当たる寸前で瞬間移動するようにその矢を躱した。


「? どこを射っている?」


 本人は気付いていないが、矢が当たる瞬間、フラッドは『生存本能』の一部が発動し無意識に矢を躱したのだ。


「なっ!? バカ……がはっ!!」


 驚く射手の首にエトナが放った投げナイフが刺さる。


「そのナイフを抜かなければ命は助かりますよ。抜けば失血死です」


「――――」


 射手は武器を捨て、首に刺さったナイフがバランスを崩さないよう、片手で抑え、もう片手を挙げて降参の意を示しつつ、床に腰を下ろした。


「なっ、なにをやっているお前たち!! 早くヤツ等を殺さんか!!!!」


 荒事に疎いクランツは、いくらゲラルトでも飛び道具には勝てまい。と、たかをくくっていたが、ゲラルトはクロスボウの矢を軽々と躱し、射手を無力化していく。


「むっ、無理ですご主人様、逃げましょう!!」


 顔を血塗れにしたままの執事がクランツの肩を揺する。


「ちっ!! 仕方ないかっ……!!」


【どこへ逃げる?】


 ドゴォッ――!!


 逃亡しようとした二人の背後に変身を解いたディーが立ちふさがった。


「ひぃっ!!」

「あっ……ああ――!!」


 二人は腰を抜かして倒れこみ、クランツを始めとした屋敷内にいた者は皆捕縛ほばくされた。

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