第八話「使い魔契約」

【信じて……よいのか……?】


「裏切られたと思ったら、いつでも俺の下を去るといい」


 本当なら「俺を殺せばいい」と言ってカッコつけようとしたフラッドだったが、さすがに恐ろしくて言えなかった。


【ふっ……いいだろう……お前と契約しよう……】


「? 使い魔になってくれるというのか?」



 使い魔とは、人間と魔獣が契約を交わして結ばれる主従関係であり、基本的に魔獣は人語を話すことができないので、人間が魔獣を力で屈服させ、無理やり結ぶことが一般的だ。


 魔法と同じく超常的なサク=シャの力が働いているため、使い魔は契約を反故ほごされない限り主人を裏切ることができない。



【ああ。契約はこうだ。フラッド・ユーノ・フォーカスは魔獣保護令を発令し、人を襲う魔獣以外を狩らせない。その約束が守られ続ける限り、この私、フォーカス領の全ての魔物の長である『ディー』が、フラッド・ユーノ・フォーカスの使い魔となる――】



「ディー……それがお前の名なのか?」


【ああ……そうだ……契約するか……? 破れば即殺すぞ?】


 フラッドは目の前の凶悪魔獣、領兵千人以上の戦闘力を持つ魔獣が味方になってくれれば、これ以上心強いことはないと即答する。


「契約しようディー。殺されるのは嫌だから決して破らないことを誓おう(約束を破らなければ殺されないという保険もあるから最高だ!)」


 フラッドは剣で右手親指の腹を切り、血を滴らせディーの口元へ近づけた。



【受け入れよう、我があるじフラッド・ユーノ・フォーカスよ】



 ディーはフラッドの血を飲み込み、淡い桃色の光が二人を包み、フラッドの右手の甲とディーの額に契約の印が刻まれ、ここに使い魔の契約が交わされた。



「まずはディーの治療をしないと……エトナ、なにか薬はあるか?」


「一応あるにはありますが、魔獣に効くかどうかは……」


【問題ない、こうすればいい】


 言うが早いか、ポンッという音と共に、ディーの体が煙に包まれたかと思うと、煙が晴れた先には可愛らしい一匹の白イタチが立っていた。


「え……? お前、ディーなのか?」


【そうだあるじよ。私は魔法を使うことができる。発現した能力は《変身》。どのような姿にも変えることができるのだ】


「すごい……魔法が使える魔獣なんて国宝級ですよ……」


 エトナが感嘆の声をもらす。



 魔法は人間でも貴族といったごく一部しか発現しないうえに、魔獣が魔法を発現する確率は天文学的に低いのだ。



【ふっふっふ、そうだろう? 称賛されるのは悪くない心地だ】


「改めて、ディーが味方になってくれて心強いよ。ちなみに、本当の姿は?」


「先程まで見せていた姿が本体だ。自分より強いものに変身できても、実力は自分のままだからな」


「なるほど……今小さくなった理由は?」


【回復重視ということだ。警戒されにくいという理由もある。が、肉体の強度は本体と同じままだから、私を殺せるものは少ないだろう。ちなみに人間の薬も魔獣に効くぞ】


「よく分かった。エトナ治療だ」


「はいフラッド様」


 ディーが小さくなった分、使う薬の量も少しでよく、エトナはディーの全身に切創用の血止めと消毒の軟膏を塗りつけた。


【……全身がべたべたする】


「わがまま言うな。死んだら元も子もないだろう? とりあえず屋敷に戻るぞ」



 幸いにも逃げだした馬が近くにいたのを発見し、フラッドが手綱を持ち、エトナが後ろに、ディーがフラッドの肩に乗る形で、二人と一匹はフォーカス邸を目指した。



「ディー、一つ気になったんだが」


【なんだ主よ?】


「お前は自分のことを『フォーカス領の魔獣の長』って言ってたが、魔獣に人間が決めた領土の区分とか関係するのか?」


【ああ、もちろんだ。魔獣の長は基本的に私のように知性を持つものが多いからな。縄張りを決めるときは、人間が決めた領土を利用することが多いのだ】


「ではディーがいる限り、フォーカス領の魔獣はこちらの言うことを聞いてくれる。ということですか?」


【ああ、内容にもよるがな。私が納得すれば、それを命令としてフォーカス領の全魔獣氏族に通達する。跳ね返りや不穏分子以外は素直に言うこと聞くぞ】


「それは心強いですね」


「だな。次は俺がディーとの約束を守る番だ」

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