第七話「和解」

「……うん? うおっ!?」



 魔獣が倒れると同時に魔法が切れ、目の色も赤から青に戻り、意識を取り戻したフラッドは目の前に倒れる魔獣を見て驚愕した。



「だっ……誰が……」


「フラッド様がやったんですよ」


 控えていたエトナがフラッドの横に立つ。


「えっ? ウソ……?」


「…………」


 この時エトナはフラッドの変性した魔法について、教えようか教えないか考えていた。


(《生存本能》のことを教えて、自分が本当に一人でこの魔獣を倒したと知ったら、絶対調子に乗る……。いつかそれが原因で足をすくわれるかもしれない……うん。やめておこう)


 エトナはフラッドのために教えないことにした。


「一回死を経験したことで、フラッド様の魔法が変化したようです」


「確かに《俊足》は使えなくなっていた! というか記憶がないっ!?」


「思い出さなくても大丈夫です。新しい魔法につきましては、私が知っていますのでフラッド様まで知る必要はありません。これは二人の秘密にしておきましょう。必要な時が来ればお教えしますので」


「えっ? ああ、そうか。うん、エトナが言うならそうだろう。そうしよう。そうするべきだ」


「とりあえず、この魔獣をどうします? トドメを刺しますか?」


「……いや、その前に話してみたいと思う。よく考えれば、こいつがその気なら、一瞬で俺たちを殺せていたはずだ」


 バカなだけで性根が善寄りのフラッドは、無益むえき殺生せっしょうを好まない性格のため、首を横に振った。


「確かに……」


 フラッドの魔法はおいておくとしても、この魔獣が気配を消して背後から攻撃すれば、二人は何が起きたか知ることもなく、命を落としていたことだろう。


「おい、大丈夫か?」



【ふっ……。この魔獣の長たる私が……無様なことだ……】



 敵意のない自嘲じちょうじみた声色こわいろで魔獣が応えた。


「何故俺たちを襲った? 魔石業者が魔獣を乱獲しているせいか?」


【そうだ……。お前たち人間は……我等魔獣を見れば……幼子だろうが身籠みごもっていようが……容赦なく襲ってくる……。だから仕返したまでよ……】


⦅魔獣の子供、身重の魔獣を狩る……全て王国法違反です……⦆


 エトナがフラッドに耳打ちする。


「すまない。全ては俺の責任だ」


 自分のせいで魔獣に悪いことをしてしまった。そう本心から思ったフラッドが頭を下げる。


【お前……本当にここの領主なのか……? 窮地きゅうちを脱すためのウソではなく……?】


「ああ、本当だ。俺はフラッド・ユーノ・フォーカス伯爵。このフォーカス領の領主だ」


【はっ……はははははは……。頂点対頂点で敗れたとは……これでもう……この領の魔獣は……終わ……り……か……】


「いや……俺には勝った記憶が……」


⦅フラッド様、私に話を合わせてください⦆


 話をゴチャらせようとするフラッドに、策がある。というように、小声でエトナが制する。


⦅あ、ああ。分かった⦆


 フラッドが頷くとエトナが魔獣へと向く。



「魔獣殿、フラッド様は確かにこのフォーカス領のご領主様です。言い訳に聞こえるかもしれませんが、魔獣乱獲の件に関しましては部下の暴走なのです。部下をぎょしえない責任があるとおっしゃられれば、確かにそれまでなのですが、こうして知った以上、フラッド様はこのままをよしとされません。ですからどうか、フラッド様にお力を貸してはいただけませんか?」



【…………私が人間に力を貸す……だと?】


「最初に提案した魔獣保護令、フラッド様なら発令することができます」


【部下も御しきれない程度の人間の……言葉を信じろと?】


「アナタは自身を、魔獣の長とおっしゃっていましたね。なら相応の身分あるアナタにお聞きしますが、アナタは罪なき人を襲う凶悪魔獣を御しきれているのですか? 人間の子供や妊婦が魔獣に殺されることもありますが、アナタが命令して襲わせているのですか?」


【バカを言うな……! 私がそのようなことを命じるワケがない……!】


 そこで納得したように魔獣は起こしかけた身を戻した。


【確かにお前の言うとおりだ……私がいくら命令しても言うことを聞かぬ者もいる……】


「今回の魔獣乱獲の件も、同じことなのでございます」


【…………】


「魔獣よ、確かに、お互いに指導者として過失がある。だからこそ、二人が手を取り合って不足を補いあえたら、よりよい未来へ進めると思わないか?」


 フラッドの曇りない瞳(そもそもアホだから謀略ぼうりゃくとか考えられない)にウソはないと魔獣は理解した。

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