第六話「覚醒」

 が――


【ぬぅっ?!】


 まるで瞬間移動したかのようにフラッドが回避し、魔獣の腕は空を切っていた。


【これがお前の魔法かっ!!】


「…………」


 魔獣の一撃を紙一重の距離で回避したフラッドは、俯いたまま無言でたたずんでいる。


「フラッド様……瞳の色が……?」


 エトナが驚きに声を上げる。



 フラッドの瞳が美しい青から、今相対している魔獣と同じ深紅の色に変貌へんぼうしていたからだ。



【ふん……無視か……ならば次はかわしきれぬ一撃を見舞うまでっ!!】


「フラッド様!!」


 尋常ではない膂力りょりょくから繰り出される一撃一撃は、当たるどころかかすめただけでも即死するほどの威力がある。


「…………」


 だが、フラッドの見開かれた真紅の瞳は、魔獣の攻撃が激しくなるほど妖しく輝き、身体能力も呼応するようにより強化され続ける。


 フラッドはある種舞っているようにも見える動きで、魔獣の幾重もの爪による斬撃をかわし続ける。


【くっ……! なら、これならどうだ!?】


 魔獣は爪の斬撃と見せかけ、即座に背中を向けて、自身の隠し武器である、大きな尾の一撃を放った――


「…………」


 が、その一撃はフラッドをかすめることすらできず、代わりに直撃した大木が砕け飛ぶ。


【なんだとっ!?】


「どうなってるの……?」


 エトナはすぐにフラッドの異常事態に気付いていた。


 フラッドの魔法は《俊足》であり、効果は《足が速くなる》というもので、幼いこ

ろから習い事が嫌で、逃げ癖のあったフラッドが発現させた魔法だ。


「違う……これは……《俊足》なんかじゃない……」


 エトナの言葉に応えるように、今まで俯いていたフラッドが顔を上げた。


「フラッド……様……?」


 一瞬エトナは目の前の人物がフラッドだと理解できなかった。



 フラッドは魔法を扱えないエトナでも分かるほど、高濃度の魔力を帯びており、魔獣の瞳よりも深く妖しく光る深紅の双眸そうぼうも合わせて、人ではないなにか、あえて称するなら『魔人』のようであったのだ。



「…………」


 ゆらり……と、フラッド? は魔獣へ向けて剣を構える。


【ほう……覚悟を決めたか……ならば全力をもって応えよう!!】


 ガガガガガガガ――ッ!!



 数十、数百にも及ぶ爪や牙や尾の猛攻をフラッドはこともなげにかわしきる――


【なっ!? なんだきさ……】


 動揺し攻撃を止めた魔獣の首へ、今まで回避しかしてこなかったフラッドが、一撃を叩き込む。


【ふん……そのような攻撃、私にとって……は……?】


 かわしたと思い、笑い飛ばそうとした魔獣の首から遅れて血が吹き出す。


【なっ?! バカなっ!?】


 魔獣が信じられないという表情を浮かべる。


 フラッドの一撃は、魔獣の剣や矢を弾くほどの硬い体毛や皮膚を、こともなげに斬り裂いていたのだ。



「どういうこと……?」



 エトナは混乱していた。フラッドの魔法が変質している。


 魔法は一度発現すると効果が強まることはあっても、性質や効果が変化することはありえないというのに、だ。



「一回死んだことで魔法の性質が変化した……?」



 そう考えているあいだにも、攻撃に転じたフラッドが魔獣を圧倒しつつあった。



【くっ……! ありえんっ?! ありえんぞっ!!】



 魔獣はフラッドの攻撃をかわしきれず、徐々に体毛が斬り飛ばされ皮膚から血が流れ

る。


「フラッド様の願いは……死にたくない……?」


《生存本能》――


 フラッドの新しい魔法に名をつけるなら、これ以上相応しいものはないとエトナは思った。


 「……おそらく《自身の命に危険が迫ったとき》に《無意識で発動》する《魔力によって身体能力が超強化される能力》……?」


【ばっ、バカなっ!? この私が!?】


「…………」


 驚愕に目を見開く魔獣へ、フラッドがトドメの一撃を叩き込む――


 鋼鉄よりも硬度のある体毛や皮膚など関係ないかのように、熱したナイフでバターを切るように、魔獣の腹が袈裟けさ斬りに切り裂かれ――


【ぐっ……ごはあっ!!】


 口と腹から血を噴き出しながら魔獣は仰向けに倒れた。

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