第五話「魔獣」
「なっ、なんの音だっ!?」
「フラッド様後ろです!」
「後ろかっ! うおっ!?」
フラッドが振り返ると、そこには身の丈五メートルはある巨体に、全身が白い体毛で覆われた深紅の瞳を持つ魔獣が迫っていた。
【ゴアアアアアア――!!】
魔獣が大気や木々を震わせる
「えっ、えぇ……?」
「ドン引きしてる場合じゃないですよ! ほら、しっかり立つ……!」
だがエトナも目の前の怪物に、二度目はここで死ぬのか……と、諦め
【なんの用だ人間!! ここは魔獣の縄張り!! 魔獣を狩りに来たか?!】
魔獣は二人を見定めるかのように、その真紅の
「し……喋ったぞ!? なんだこの魔獣喋れるのか?!」
「どこに感心してるんですかっ! 今はそんなことに驚いてる場合じゃないですよ!」
「そっそうだなっ! だっ、だが、言葉が通じるなら対話だ! 話せば分かる!!」
「そっち?!」
流石のエトナもフラッドの提案に驚きを見せる。
【やかましい!! 私の問いに答えろ人間ッ――!!】
バキャ――ッ!
魔獣の腕の一振りで大木が小枝のように吹き飛ぶ。
「おっ、お、お、お、落ち着け、俺は敵じゃない。今ちょっとしたピクニックの途中で、小腹が減ったから食事をしようとしていただけさ。ほら、ジャガイモを茹でているだろう? 友好の証にお前も食うか?」
【人間はソレを家畜のエサにしていることを、私が知らぬとでも思っているのか!?】
魔獣は
「なんだこいつっ……! 妙に知性が高いぞっ……!!」
「レビューはいいですから!」
「エトナ……今思い出したが、こいつはさっきゲラルトとクランツが話していた凶悪魔獣だ……。デスウィールズの凶悪変異体……。その爪と牙は鋼鉄を容易く引き裂き、その体毛と皮膚は剣や弓を弾く硬度を持つ。らしい……」
「もう絶望じゃないですか。馬も驚いて逃げちゃいましたし、詰みましたね」
遠い目をするエトナを見て、またエトナを殺させるわけにはいかない! と、フラッドは震える自分を
「いやいや、まだ分らんぞ。とりあえず俺に任せろ!」
フラッドは背筋を伸ばして、なんとか知恵を振り絞りつつ、ガクガク震える両足のまま魔獣へ向き直った。
「魔獣よ、俺はフォーカス領の領主、フラッド・ユーノ・フォーカスだ。ここがお前たち魔獣の縄張りだったとは知らなかった。それは詫びよう。だが、俺たちはお前たちに敵意はないし、魔石にも興味はない。目障りだと言うのなら、すぐにでもここを離れるつもりだが、どうだろう?」
【領主……領主だとぉ……? なるほど……よく分かった……】
魔獣は得心したように頷いた。
「おお、ならば……」
【お前が魔獣狩り共の元締めかぁ!!】
魔獣は咆哮のような怒声を上げる。
「ええっ!? どうしてそうなる!?」
「なるほど……」
「なにがっ?!」
動揺するフラッドに対して、エトナは納得したような表情を浮かべる。
「実はクランツが魔石業者とズブズブで、領内の魔獣を狩らせまくってるんですよ。多分こいつは、それに怒っているんだと思います」
魔獣から取れる魔石は、灯りやコンロの動力源としてこの世界〈テラー〉の住人にとって必需品であり、そのため魔獣を狩りすぎ絶滅させることがないよう、各国によって魔獣に関する法令は厳重に整備されており、ドラクマ王国も例外ではなかった。
が、クランツは
「またあのクソジジイか!! 殺す!! 帰ったら絶対殺す!!」
「報告しなかった私も私ですけど、気付けなかったフラッド様も悪いですよ」
「ちなみにいつから知ってたの?!」
「え? 前世からですけど。ちなみに、前世ではこの魔獣のせいで、領兵に数百の死傷者が出て、今思えば、あれが兵長の裏切る決定打になったと思います」
「めっちゃくちゃ重要じゃん!!」
「後から考えればそう思いますけど、当時は後にああなるとは思いませんでしたから」
二人がやりとりしているあいだにも、魔獣はドンドン距離を詰めてくる。
「ち、ちょっと待ってくれ! 全部理解した! そちらの怒りはもっともだ! だから話し合おう魔獣よ!! 俺が屋敷へ帰ったら魔獣を助けよう!! そうだ!! 保護する!! 必ず魔獣保護令を出すから!!」
【信じられるものかぁっ!!】
咆哮とともに魔獣が腕を振り下ろし、今までフラッドが椅子代わりにしていた岩が粉々に砕け散る。
「まっ、まずいぞエトナ! 話し合いは無理だ! だからお前は逃げろ!!」
逃げ切れないと理解したフラッドは、
「なに言ってるんです!? 二人で逃げますよ! そもそもフラッド様じゃ足止めにもなりませんって!」
「大丈夫だ、こう見えて俺には剣の心得がある!!」
「一回だけレッスン受けて「合わないわ」って言って辞めたヤツがなにほざいてんですか!」
「とにかく時間は稼ぐ!!」
魔獣は一瞬でフラッドに距離を詰め、腕を振り上げた――
「フラッド様!!」
悲鳴に近い声を上げながら、エトナが投げナイフを魔獣の顔面目掛けて
【!!】
ギィン――!
が、ナイフは魔獣に傷一つ付けることもできず体毛に弾かれ地面に落ちた。
【
「うおおおおおっ!!」
ガギィッ――!
その隙にフラッドが勇気を振り絞って魔獣へ一撃を加えたが、硬すぎる体毛に剣が弾かれるだけに終わった。
「フラッド様! せめて魔法を使ってください!」
「役に立つかな!?」
「ないよりはマシです!」
この世界〈テラー〉において魔法とは、神から授けられた祝福とされ、基本的に貴族が扱えることができる(逆説的に魔法を扱える者が貴族となった)。
皆が共通で行使できる汎用的な魔法はなく、一人につき一つの固有魔法(能力は本人が抱く望みが強く反映されるとされている)が扱えるのみであり、フラッドの固有魔法は《俊足》つまり足が速くなるだけの、たいして役にも立たない魔法であった。
「確かに……
フラッドは俊足で自分だけ逃げ延びることは
「根源の力よ……我へと流れ宿願を成せ!!」
だが、フラッドの詠唱は空を切り、何も発動されなかった。
「なっ!?」
【死ねぇい――!!】
魔獣はその隙を見逃さず、フラッドに回避不可な必殺・必中の一撃を繰り出した――
「フラッド様っ!!」
「あ……」
エトナの悲鳴が響き、フラッドも全てがスローモーションに映る中、自身の死を確信した――
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