第四話「これから」

「それでも俺は……エトナを……」


「それ以上言ったら本気で怒りますよ? 前は前で私なりに満足して逝ったんです。ボコボコにしますよ?」


「分かった……ありがとうエトナ」


 エトナは満足そうに頷いた。


「それでいいんですよ。というワケで今後についてですよ。同じ結末を辿りたくはないですよね?」


「当たり前だ!」



 二人はしんみりした空気を追い払うように話を変えた。


「ではどうします? やり直しますか?」



 領主としては暗愚あんぐであったフラッド。そのせいで処刑されることとなったが、前世の記憶を持つ今ならやり直すことができる。ならば、前世の反省を生かし、うまくやり直す。それは必然であり当然。そう思い、瞳を向けるエトナに――



「誰がやり直すかーーーー!!」



 フラッドが吠えた――


「おおう、予想外の答えが」


 やり直し、その言葉にフラッドは、瞬間で沸点に到達するほどの怒りを覚えていた。


 フラッドは自身が圧政あっせいを敷いたとは微塵も思っておらず、前世で処刑されるときもその処刑理由が納得できない冤罪えんざいだと思っているからだ。


「そもそも前世で俺が何か悪いことをしたか?! してないだろ!?」


「結構してたと思いますけど……」


「例えばっ?!」


「血税で好き放題してたじゃないですか」


「特権階級に生まれた者が特権を享受きょうじゅして何が悪い?!」


「特権と引き換えになる義務を果たさなかったから問題なんですよ」


「果たしたぞ!? 政治とか軍事とかはちゃんと信頼する部下に丸投げしたし!!」


「それがダメなのでは?」


門外漢もんがいかんが横から口出しするほうがよほど迷惑だろう!!」


「物は言いようですね。まぁ、決定打は飢饉ききんのときでしょうけど」


「ちゃんと対処したぞ! クランツに丸投げして、麦がないなら虫食えってアドバイスしたし!」


「クソみてぇなアドバイスですね。大体なんで急に虫食えなんて言い出したんです? フラッド様らしくないですよ?」


「クランツが庶民のあいだで昆虫食が流行ってて、飢饉対策になるって言ったから……」


 フラッドは基本的に信用している者の言葉を疑わない。


「もちろんウソ、デタラメですよ」


「マジでっ?! あっ、でも、麦がダメなら米食えとも言ったわ!」


「米も麦ですよ。飢饉で全滅してます」


「そうなのっ?!」


「はい」


「だっ、だが! そもそも飢饉は自然災害、天災なんだからどうしようもないだろう!? 俺は神じゃないんだぞ!? だいたい俺にウソついてまで、クランツはなにをしていたんだ?!」


「あのたぬきジジイですか? フラッド様に全責任を押し付ける形で、まったく対処しないで私腹を肥やしてましたよ」


「ええっ!? というかなんでそれを知ってて黙ってたんだエトナ?!」


「え? 大丈夫かなと思って」


「思ってっ?! なんか軽くない?! 全然大丈夫じゃなかったよ!?」


「まぁまぁ、それは身をもって分かってますよ。ですけど、結果論じゃないですか。次に活かしましょう」


「えっ? あ、うん。そうだね……?」



 スラム街出身のエトナは、一見常識人そうに見えるものの、その根底にある人生観は『弱肉強食』であり、弱い者は食い物にされ、強い者は生き残る。というものだ。


 さらに、エトナにとって最も大事なものは、フラッドと自身だけで、その他はどうでもいい存在であった。そのため、苦しむ領民やクランツや他の者の汚職を横目で見るだけで、フラッドをいさめることもなかった。


 が、その結果が自身とフラッドの破滅になったことから、死に戻った今回の人生では、考えに修正が必要だと改めていた。



「いやぁ……領主の地位って、意外ともろいものだったんですね……」


 エトナは出自的に、権力者=絶対と思っていた節があり、あんな簡単にフラッドの立場が揺らぐとは夢にも思っていなかったのだ。


「とにかくっ……! クランツめ……許せんっ!!」


「お怒りはごもっともですが、なんの罪状もないままクランツを裁くことは、多分難しいですよ? クランツはバカ領主であるフラッド様に振り回される苦労人、善人という評判なので、下手に手を出せば痛い目を見ますから」


「ぬぬっ……! うん? 今俺のことバ……」


「とりあえず落ち着いてください」

「あ、ああ……なぁ、今バカ領主っ……」

「座って話しましょう」

「……はい」


 怒りが冷めたフラッドは、腰を下ろし焚火を見た。


「とりあえず、帰ってから改めて方針を考えるか……このままじゃ出奔しゅっぽんしたと勘違いされて大変なことになるしな……」


「勘違いじゃないですけどね」


「だが腹が減った。とりあえず腹ごしらえしてから戻ろう」


「食べ物持ってきてたんですか?」


「当たり前だ。俺はそこまでバカじゃない。見ろっ!」


 そう言ってフラッドが袋を開けると、中にはジャガイモが所狭ところせましと詰められていた。


「なんで全部ジャガイモなんですか……」


「エトナと逃亡生活をしていたときに食べた、ジャガイモの美味さが忘れられなくてな!」


 フラッドは目を輝かせジャガイモを慈しむように撫でた。



 二人で逃亡中、食料が尽きて行き倒れかけたとき、たまたま野生していたジャガイモを見つけ、ことなきを得たことがあったのだ。



「あの時は緊急時でしたからね。けど、そもそもそれ人が食べるものじゃないですよ」


 この世界〈テラー〉において、ジャガイモは基本的に家畜〈主に豚〉のエサとされており、人間が食べるものではなく、豚もしくは、その日の食にありつけない貧民層がいやいや食べるもの。という認識であった。


「いや、美味いものは美味いんだ! とりあえずこれを食べて帰ろう!」


「まぁ、私も嫌いじゃないからいいですけど……」


 二人が水煮したジャガイモに火が通るのを待っていると、突然背後の木々がなぎ倒される轟音ごうおんが響いたのだった――

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