第三話「確認と過去」

「やはり俺の夢ではなかったのか……」


「夢なら夢であって欲しいですけどね」


 フラッドとエトナは今後のことを話し合うため、馬から降りて焚火を囲んでいた。


 まだ昼の時間帯ではあるが、人気ひとけの無い森の奥は鬱蒼うっそうとして仄暗ほのぐらく、焚火があってちょうどいいくらいであった。


「だが何故俺たちは処刑される前に戻ったんだ? そもそも記憶だってそうだ……。理解できないことが多すぎる……」


「語りえぬものについては、沈黙しなくてはならない……。このような奇跡は神の御業か、魔物の所業か……きっと考えるだけ無駄ですよ。サク=シャくらいしか、その答えを知らないでしょうし、知ったところでどうなるワケでもありません。今重要なのは、今後どうするのか、です」


 サク=シャとは、この世界テラーを創造したとされる唯一神の名前である。


「確かに……エトナの言うとおりだ。小難しい話はうっちゃろう。生き延びること、処刑されないこと……。それがすべてだ」


「そうです、建設的にいきましょう。せっかく生き返ったんですから」


「ちなみにだが……エトナはどれだけ覚えているんだ? その……前世? のときの記憶を」


「多分フラッド様と同じだと思いますよ。全部です。生まれてからフラッド様に拾われて、反乱が起きて、捕まって処刑されて……」


 思い出したのか、フラッドの顔色がどんどんと悪くなる。


「そうか……結局あの後エトナも……」

「ま、そんなところです」

「すまなかった、エトナ」


 深々と頭を下げるフラッド。


「……どうして頭を下げるんです、フラッド様」


「お前を守ってやれなかった……。エトナの優しさに甘えてしまっていた……。その結果が……お前を道連れに……っ」


 ポカリ。


 エトナは手に持った小枝でフラッドのつむじを叩いた。


「うん?」


 頭を上げると、エトナはいつもの無表情のままだったが、怒っている。と、付き合いの長いフラッドは理解した。


「エトナ……?」


「フラッド様、逃亡中……そう、今みたいに森の中で二人で露営ろえいしたとき、私が言ったことを覚えていますか?」


「忘れるワケがない……」



 前世・反乱勃発後・逃亡時露営中――



「…………終わりか」



 敵国であるビザンツ帝国のフォーカス領への侵攻と同時に勃発した反乱、さらにはゲラルト、クランツといった重臣を始めとする家臣たちの裏切りにより、フラッドは帝国へ抗戦するどころか、捕まらないように逃げることでいっぱいいっぱいだった。



「最初はついてきた部下も、皆裏切るか離脱した……。残ったのは、やっぱりエトナだけだな」


「まぁ、フラッド様に最後まで付き合えるのは、私くらいでしょうからね」


 エトナの軽口にフラッドは微笑み、息を吐いた。


「ふー……。俺はここまでだ。今までありがとうエトナ」


「……どういう意味ですか?」


「いくらバカでもアホでも、ここまでくれば、自分の進退もきわまったと分かるさ……」


「フラッド様らしくないですね。アホはアホらしく、最後まであがいたらどうですか?」


「もちろんそのつもりだ。もとより、あの売国奴どもにくれてやる命はないからな。特にあのカインとかいう反乱の指導者のクソガキッ……絶対に許せん! 他所よそからやってきてなんのつもりなんだ……っ!! ゲラルトもクランツも父上の代から重用ちょうようしたのに裏切るとはっ!!」


「そうですフラッド様、その逆ギレ、その意気ですよ」


 だがな。と、フラッドは落ち着きを取り戻し、ある種達観したような表情でエトナを見た。


「これからは俺の戦いだ。アイツらの目的は俺だ。エトナだけなら逃げ延びられる」


「なっ、なにを言っているんです……?」


 普段はクールで無表情なエトナの顔に動揺が浮かぶ。


「今までありがとうエトナ。俺から解放され、自由に生きるんだ。少ないが、俺の全財産だ。これを持って行ってくれ」 


 そう言って金品を差し出すフラッドの笑顔は、一切裏のない、心からエトナを想ったものだった。


 だからこそ、エトナはその笑顔の裏に潜む、恐れと強がりを感じ取り、怒りを抱いた。


「フラッド様……。では、好きにさせていただきます――」


「……ああ」



 立ち上がったエトナは、地面に座るフラッドの横を通り過ぎるフリをして――



 バチィン!

「へぶちっ!?」


 その頬を思いっきり引っ叩いた。


「まったく……バカなんですから……」


 エトナはそのままよろめくフラッドの頭を胸に抱いた。


 ギュッと、優しく、力強く。互いの吐息を、鼓動を感じられるほどに。



「え……エトナ……?」



 驚くフラッドをさとすようにエトナが続けた。


「私は私の意志で、最後までフラッド様について行きます。そもそも、私がついていなきゃ、なにもできないダメ人間じゃないですか」


「エトナ……けど……っ! 俺は……っ!」


 震えるフラッドを撫でながらエトナが続ける。


「正直になってください。怖いんでしょう? 悲しいんでしょう? だから私だけは、最後までお供してあげますよ」


 フラッドは体を震わせ、涙を流し、エトナへしがみつくように腕を回した。



「エトナ……っ……すっ……すまない……っ! 怖い……! 死にたくない……っ! でもっ……! お前を失うのはもっと怖い……っ!!」



 嗚咽するフラッドの頭を、エトナは慈愛の表情を浮かべて優しく撫でる。



「大丈夫です。これは私の意志なんですから。スラムから救っていただいたとき以来、この命尽きるまで、フラッド様にお仕えすると決めていたんです。勝手に私の人生設計図を変えないでいただきたいものですね」



「エトナ……っ」


「だいたい、立場が逆なら、フラッド様は私を見捨てますか?」


「見捨てるワケないだろ!!」


 フラッドは反射的に顔を上げて怒鳴った。


「同じですよ」


 目の前にあったのは優しく微笑むエトナの顔、フラッドは今まで堪えていた感情が決壊した。


「っ……! うっ……ああ――」



 フラッドはそのまま、エトナの胸の中で子供のように泣きじゃくった。

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