第二話「再会と逃亡」

「エトナ!! エトナァ――!!」


 フラッドはそう叫ぶとすぐさま執務を後にした。


「ノックもせずにどうしましたフラッド様?」


 探す間もなく、すぐにエトナは見つかった。自室でなにをするでもなくボーッとしていたのだ。


「お、おお……」



 ショートカットが似合う黒髪に金色の瞳、目鼻立ちの整った小柄な美少女、間違いなくフラッドの知るエトナだった。



「エトナァァァァァアアアア!!!!」


 フラッドは我を忘れてエトナを抱きしめ涙を流した。


「……なんですか藪から棒に、セクハラですよ?」



 二人は恋仲でも、肉体関係があるわけでもない、純粋な主従関係にあった。


 幼いころ街に出たフラッドが、スラム街の孤児であったエトナを一目見て気に入り、自身の従者として拾い、以後エトナはフラッドの専属従者として仕えてきた。


 フラッドにとってエトナは、唯一の家族のような存在であり、実の両親よりも大切な存在であった。



「気持ち悪いんで離れてもらえます?」


「そんな辛辣しんらつな言葉もなにもかもが懐かしいっ!!」



 フラッドに対して辛辣しんらつなことを言ったり、冷たい態度をとることもあるエトナだが、恩義を感じている面もあり、その証拠に反乱を起こされたとき、家臣の誰もがフラッドを見捨て、裏切る中、エトナだけは最後までフラッドの側を離れず、共に処刑されている。



「……急にどうしたんですかフラッド様?」


 特に抵抗もせず、抱きしめられたままエトナが疑問を口にする。


「嫌な夢を見たんだ!!」

「はぁ? なるほど嫌なゆ……」

「ちなみに今は何年だっ!?」


「……本当に唐突ですね……今は創世歴千年です」


「ということは俺が十六でエトナが十五だな!?」


 フラッドが処刑されたのは十八歳のとき、つまりフラッドはどういうわけか、自身が処刑される二年前に戻った。ということを理解した。


「ホントに頭大丈夫ですか? なにを当たり前のことを大声で叫んでいるんです?」


「そんなことはどうでもいい!! とりあえず逃げるぞ!!」


「はっ? えっ? なにから逃げるんです?」


「いいから支度するんだエトナ!! 終え次第即出発だ!!」



 フラッドはエトナを離すと大きな革袋を持って、自室や執務室といったフォーカス邸にある金や宝石などを片端から放り入れ、馬小屋でエトナと合流した。



「よしっ!! 逃げるぞっ!! しっかり掴まるんだ!!」


 馬のサドルバッグに革袋や逃避行用の用具を乗せ、馬に乗ったフラッドが手綱を引く。



「ですから、なにから??」



 エトナはツッコミながらも、馬にまたがるフラッドの後ろに乗ってその腰に両手を伸ばし、しっかり掴んだ。


「はいやー!!」


 フラッドは目的地も定まらぬままに馬を走らせ、街を抜け街道を抜け森を走った――


 ――

 ――――

 ――――――


「あのー」


「なんだエトナ!? 腹が減ったか!?」


「いえ、そうではないのですが、どこへ向かっているんです?」


「決めてない!! とりあえずフォーカス領から遠いどこかだ!!」


「あー……何か悪いものでも食べまし

た……? 今日はいつにもましてトんでいません?」


「なにを言う! 明晰明瞭だ!」


「ちなみに、もしかしてですけど、領主を辞めて逃避行……とか考えてません?」


「すごいなエトナ!! お前は俺の心が読めるのか?!」


「まぁ、フラッド様は、素直で単純な方ですから。ちなみに……本気ですか?」


「ああ! 俺はもう領主とか貴族とか、そんな立場は捨てる!! 捨てて自由になるんだ!!」



 もう反乱とか処刑とかごめんだ。俺は平民にでもなって余生を満喫する。そうフラッドは意気込んでいた。



「ちなみに、王国法では、領主が国王の了承も得ぬまま出奔しゅっぽんした場合、問答無用で斬首刑となっています。が、ご理解されているのですね?」


「えっ?」


 フラッドは息を切らす馬を止め、後ろのエトナを見た。


「…………そうなの?」

「はい」

「それじゃダメじゃん!!」 


「なんでこんな基本的なことも知らなかったのか……まぁ、聞くだけ無駄ですね……」


 かわいそうなものを見る目で見られるフラッド。


「では……このままじゃ……」

「また処刑されますね」


「バカ言うな! 二度と処刑なんてされてたまるものかっ!!」


 二人は顔を見合わせた。


「……また?」

「二度と……?」


「「もしかして――」」


 二人は処刑時の記憶を持っている、そう目と目で確認しあうのだった。

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