第十三話「裏の顔」

「あの小僧めが調子に乗り追って……っ! バカはバカらしく素直に操られておればいいものをっ!」


 クランツはファーナー母探索命を各所に通達するフリをしつつ、お抱え馬車に乗り、急ぎ自身の邸宅へと向かっていた。


(……これがヤツの本性か……。主とエトナの言うとおり、絵に描いたような奸物かんぶつだな……。しかし、何故自身の屋敷へ向かっているのだ……?)


 虫に化けて馬車の中に潜んでいるディーは、自分一人だと思って素を出し、ぶつぶつと独り言を言っているクランツを観察していた。


「しかし……フラッドのバカはどこで女の情報を手に入れたのだ……? ただの偶然か……? 私とあの方の関係に気付いた……? いや……ありえない……」


(女の情報? こいつ、ファーナー母のことを知っているのか?)



 クランツ邸に到着した馬車は、厳重な警備に守られた正門を抜け中へ入った。



(個人の邸宅にしては厳重すぎる警護体制だな……。なにか隠しているのか……?)


「お帰りなさいませ旦那様。火急の要件とのこと。いかがされました?」


 馬車から降りるクランツを、クランツのように執事服に身を包んだ壮年の男が出迎えた。


「あの女はどうしている?」


「例の特別ですか? 他の女たちと同じく地下にございます」


「最後に確認したのは?」


「つい先程でございます」


 屋敷の中へ移動しながら二人が会話を交わし、その後ろを虫に化けたディーがついていく。


「誰か屋敷〈ここ〉にきた間諜かんちょうの類、怪しい者はいなかったか?」


「ございません。いえ……そういえば一人、旅人という男が屋敷の周囲をふらついていたので、捕えて尋問にかけました」


「結果は?」


「本当にただの旅人でございまして、死にました」


「結構」


(無実な人間を捕えて拷問死させておいて結構。か……。なかなかに腐っているな……)


 屋敷の中も完全武装した警備兵が常に巡回しており、尋常ではない警備体制が敷かれていた。


(どうなっているんだこの屋敷は? 領主邸よりも厳重な警備じゃないか)


 ディーが考えている内に、クランツは執事らしき男と警備兵を連れて屋敷の奥へ進んでいった。


「旦那様、お楽しみになりますか?」


「そうだな。憂さ晴らしも兼ねるとしよう」


「かしこまりました。ご用意しておきます」


「うむ」


(なにを用意するんだ……? 行き止まりだぞ……?)



 そうディーが疑問に思ったのも束の間、クランツが壁にうっすらと浮き上がっている凸部分を押すと、音を立てて壁が開き、地下へと繋がる階段が姿を現した。



(ああ……。これは、当たりかな――)



 ディーの予想どおり、隠された地下室にはいくつもの地下牢があり、十数人にも及ぶ美女がぼろ着を着せられ牢に繋がれていた。



「ふむ……ちゃんといるな、サラ・ファーナー」


 クランツが足を止めた先には、長い黒髪が特徴的な美女が牢の中で足枷を付けられていた。


(こいつが主が探していたファーナー母か……? しかし……多く見積もっても二十代にしか見えんぞ……?)


 サラ・ファーナーは、ボロ着や傷んだ髪や汚れた肌のせいで、その美を多少損なっているものの、それでも三十どころか十代にも見えるほど若く美しかった。


「いるもなにも……私はここから逃げられませんからね……」


 クランツの言葉に、サラは全てを諦めきったように応えた。


「一つ聞くが、私に隠れて外部と連絡をとった……などということは」


「どうやって? だとしたら、仲介役はアナタの部下になりますが」


 普段の紳士然としたクランツの顔が醜く歪む。


「ふふっ……そうだな……っ! それでいい! はははは! おい、誰でもいい、一人連れてこい!」


「はっ!」


 兵士は牢の中から無造作に一人の美女を連れてクランツの目の前に座らせ、執事が手に持っていた鞭をクランツに渡した。


「お前は時が来るまでは殺さん。殺せない。その強気な態度のお前を殺す日を思うと、今にも爆発しそうだ!」


 笑いながらクランツは、手に持った鞭で目の前の美女を打ち据えた。


「ぎゃっ!!」


 肉が打たれる音と共に皮と血が飛び散る。


「やっ、やめてください! 私を打擲ちょうちゃくされればよろしいでしょう!?」


「お前はVIPなのだ。それに、打たれたい者を打っても楽しくない!! だからこうするのだ!!」


「ああああああっ!!」


 美女は何度も鞭で打擲され、気を失って運ばれていった。


「ふー……っ……! ふっー……っ!」


 クランツは血塗れで運ばれていく美女を見ながら満足げに頷き、ワイシャツの胸元のボタンを開け、執事から受け取ったワインをあおった。



 地下牢に美女を監禁して、満足するまで暴行や凌辱りょうじょくを行う。このような外道の所業を喜んで行う鬼畜さ、異常性がクランツの本性であった。



「少しは気が晴れたわ。とりあえずあのバカを諦めさせる策を練る! あれにはまだ利用価値があるからな! 人形としてちゃんと操られてもらわねばならん!!」



 以前エトナが言っていたように、前世でフラッドの悪行に数えられているものは、ほとんどクランツが引き起こしたものであった。


 例を挙げると、魔石業者との癒着による魔獣被害の激増。


 飢饉への無対策(意図的に行わなかった)によるおびただしい餓死者の発生。


 反乱の勃発(反乱分子を見逃し、むしろ援助した挙句最後は全ての責任をフラッドに押し付け、クランツ自身は反乱軍へ寝返る)。


 等、主要なものだけでもこれだけあり、小さいものを含めれば数えきれないほどであった。


 それに気付けなかった、専横を許したアホのフラッドと、気付いていながら「どうでもいい」と、楽観視していたエトナにも責任はあるが、それをおいてもクランツの罪は余りあった。



(これはすぐにでも主に伝えねば……)


 ディーはすぐさまクランツ邸を出ると、鳥に変身してフラッドの下へ戻った。

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