第十二話「捜索」

「はい。前世で一応奴のことを調べましたから。反乱を起こされてから、なのが歯がゆいですが」


「それは仕方ない。ヤツがそれだけ巧妙で邪知に長けていたのだ。ちなみに、俺への恨みは逆恨さかうらみではないのか?」


「はい。まずカインの出生ですが、カインはベルティエ侯爵が当時の使用人に産ませた庶子なのです」


「ふむ……それが? 別段珍しい話でもないし、俺には関係ないだろう」


「その母親はカインを出産後、侯爵家から追放され、故郷に帰って一人孤独に生活していましたが、飢饉の影響で餓死した……。その場所がここ、フォーカス領だったのです」


「なんとっ……! つまりヤツは母親を俺に殺された。と、逆恨みしての犯行だったのか……っ!」


「えっ……? ちゃんと聞いてました? 逆恨みじゃないですよ?」


【確かに逆恨みではないな】


 ディーもエトナに同意する。


「とりあえず暫定ざんてい逆恨みということで話を進める! エトナ、カインを俺の後継者にすることは可能か?」


 エトナは前世と今世で集めた情報を、頭の中で総合させ応える。



「はい。むしろかなりお勧めかと。先ほども言ったとおり、庶子であるカインは、ベルティエ侯爵家で下賤げせんな者と冷遇されています。つまり、邪魔者です。それがフラッド様の後継者、次期フォーカス伯爵となるのなら、侯爵は喜んでカインをフラッド様に差し出すでしょう。隣領であるベルティエ侯爵領と友好関係を築ける上に、反乱の芽も潰せる。最高に近い策ですね」



「そうだろう! ちなみにカインの母親は飢饉で死んだ。ということは、この世界ではまだ生きて、この領のどこかで暮らしているということだな?」


「はい」


「ならすぐに探し出してこの屋敷で雇うとしよう! 別に痛い目に遭わせたりするワケじゃないが、母親を厚遇こうぐうしておけば、あのクソガキへの保険にもなるしな! せいぜい親子で前世の罪を償ってもらうとしよう!」


「なるほど……ですが難しいですよ……。カインの母親の情報は侯爵がもみ消していることもあって、詳細が分かりませんから」


「ふむ……。ヤツの母姓はファーナーだったな……」


「母姓が本当だとは限りませんが……反乱の時カイン・ファーナーを名乗っていましたし、その可能性は高いですね」



 この世界〈テラー〉の貴族の命名法則は名前・母方の姓・父方の姓が基本である。


 フラッド・ユーノ・フォーカスは、フラッドがファーストネーム、ユーノが母親の姓、フォーカスが父親の性となる(ミドルネームが入る場合は、ファーストネームの後に続くことになる)。


 そのため、カイン・ファーナー・ベルティエは、母親がファーナー家出身ということになる。



「よし、とりあえずヤツの外見の特徴も含めて、ファーナーという姓の、三十~四十代の黒髪の歳よりも若く見える美女、を探させようと思うがどうだろう?」


「悪くはないと思います。確かベルティエ侯爵は金髪でしたし、お世辞にも整った顔ではなかったので、整った顔立ちと黒髪は母親からの遺伝でしょう」


「あとはゲラルトとクランツにも協力させよう。ちなみに、あれからクランツに怪しい動きはあるか?」


「今のところはありませんね」


【私は帰ってきたばかりだから、よく分からん】


 ディーは魔獣保護令の約束として、フォーカス領の魔獣たちに直接会いに行き、人を襲わないよう厳命して帰ってきたばかりだった。


「引き続き注視してくれ。当面はヤツが一番危険だ」


「はい。では兵長と家令を呼んできます」


「頼む」


 退出するエトナを見つつディーが疑問を口にした。


【しかし主よ、せっかくの地位を捨てることに執着はないのか?】


 フラッドは考える素振りをすることなく、首を横に振った。


「ない。命には代えられないからな。特権には責任が伴うと痛いほどよく知ったよ。こりごりだ。俺は責任とか責務とか大嫌いだからな」


【確かに、分からなくもない】


「だが、ただ庶民になるつもりもない。働くとか死んでもゴメンだから、俺とエトナで一生生活するに困らないだけの金を持って、庶民になるつもりだ」


【抜け目ないな】


「だが安心してくれ。後継者にも、必ず魔獣保護令を継続させるよう厳命する」


【……抜け目ないな】



 そう話していると、エトナに連れられたゲラルトとクランツが入室してきた。



「二人には重大な要件を頼みたい――」


 フラッドは両手を組んでアゴを乗せ、重々しく発した。


「はいフラッド様」


「……なんでしょうフラッド様」


 クランツはフラッドに、また余計なことをされるのではないか? というような態度だ。


「ファーナーという年のころは三十~四十の黒髪の、実年齢よりもかなり若く見える美女を見つけてほしい」


「はっ?」


「…………っ」


 なにを言ってるんだこいつは? という表情を浮かべるゲラルトに対し、クランツは一瞬だが驚いた表情を浮かべた。


「(うん? 今クランツ動揺したよな……?)クランツ、何か知っているのか?」


「い、いいえ。まったく」


 クランツは額に汗を浮かべながら首を横に振る。


「フラッド様、その女性はどのような人物なのですか? まさか、街中で一瞬見かけて以来ずっと気になっている……というような話ではないのですよね?」


「お前は俺をなんだと思っているんだ。いいか、これはこの領の未来にも関係してくる重大事項。決して手を抜かず、徹底的に行なってほしい」


「フラッド様がそこまでおっしゃられるのなら……領兵を総動員させましょう」


「私も官僚たちを総動員させます」


「うん。頼んだぞゲラルト、クランツ」


「「はっ!!」」



 頭を下げて二人は退出していった。



「……エトナ、ディー、クランツの不審な挙動を見たか?」


「はい、一瞬ですが動揺していましたね」


【あれは絶対何か知っている反応だ】


「俺もそう思う。ディー、クランツの後をつけてもらうことは可能か?」


【無論だ】


「頼む。もしかしたら、思ったよりも早く、この件は解決するかもしれん」


【任せろ主よ。面白くなってきた――】


 ディーはニヤリと笑うと小さな虫に変身して執務室を後にしていった。

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