第四十五話「使い魔バトル」

「フォーカス、ジャガバターを持ってきたぞ」


 部下にジャガバターを持たせたカリギュラが、近衛やロデムを引き連れ、気軽な様子でフラッドの客舎を訪れた。


「ありがとうございます殿下。しかし、わざわざ殿下もご一緒に?」


「分かっているだろう。お前に食わす名目でもなければ、私が食えんからな」


「お察しいたします」



 第一皇女であるカリギュラは、帝国内にも敵は多く『仮想敵国の使者の勧めで豚のエサを食べはじめた』と、政敵を利させるワケには行かないため、こうしてフラッドへ作らせる名目で、自身が食べる分を確保していた。



 フラッドもジャガイモを好む者に悪人はいない。という謎の持論を持っていたので、カリギュラへの恐怖や、前世での恨みも薄れ始めていた。



「ふぅ……。やはり美味いな……」


 ジャガバターを食べ終えたカリギュラが、布巾で口を拭う。


「他にもこれより美味いレシピがあるのか?」


「ございます」


「それを教えよ」


「では領へ戻ったら、レシピをお送りします」


「うむ。礼を言うぞフォーカス。ところで、一つ気になっていたのだが、その白イタチはお前が直接戦ったと噂の使い魔か?」


 フラッドの肩に乗っているマスコット形態のディーへ、カリギュラが視線を向ける。


「そうです」


「噂では、熊ほどの巨体で鋼鉄を容易く切り裂く爪牙そうがを持つ。と聞いたが、とてもそうには見えんな……」


【人も魔獣も、見た目だけで判断すると命取りになるぞ。娘】


「魔獣風情がっ!!」

「口に気をつけろ!!」

「殺ス――」


 呆れたようにカリギュラが近衛たちを制する。 


「よせ、毎回毎回お前たちも飽きないな。それよりも、その魔獣は喋るのか? 頭はいいようだ」


 ロデムを撫でるカリギュラに、ディーが続ける。


【頭だけでなく、腕も立つぞ。お前が今撫でている黒猫よりよほどな】


「……ロデムを侮辱したか?」


 カリギュラの怒気を察したロデムが立ち上がり、臨戦りんせん態勢をとる。



「…………」


 二人きりや親しい者といるときは、フラッドに容赦のない毒を吐いたり、ツッコミを入れたりするエトナであったが、こうした人前では従者として振る舞い、フラッドを立てる行動するため、今回は黙ってフラッドの後ろに控えている。



【ほう、その黒猫、思ったよりも忠義者のようだ】


「フォーカス、ここでどちらの使い魔が優れているか、試してみないか?」


「(絶対ディーが勝つから)気は進みませんが、殿下が望まれるのなら……」


「なに、殺しあうわけではない。一撃でいい。人だろうが魔獣だろうが、それで実力を知れる」


 またディーが先に答える。


【いいだろう、受けよう。ロデムとやら、光栄に思え。この魔獣の王たる私が胸を貸してやる】


「ふふっ、威勢のいいことだ。聞いたなロデム? 一撃で仕留めてみせよ」


【ガウッ!!】


 ロデムが咆哮ほうこうを上げる。



⦅おいっ、ディー。間違っても殺すんじゃないぞ……っ!⦆


 フラッドがディーに耳打ちする。


⦅分かっている主よ。だが私も舐められたままではいられないからな⦆


⦅だがお前も死ぬなよっ……! 自己防衛のためなら……最悪やっちゃってもいい……っ!⦆


⦅……本当に面白い男だな主は⦆



 ディーは変身を解かず、マスコット形態のままロデムの前に立った。


 二メートル近いロデムに対し、ディーは頭の先から尾の先まで含めても四十センチほどしかなく、誰の目にも勝敗は明らかだった。



【ハンデだ、合図は娘に任せる】


「ふっ、舐められたものだ。が……帝国は利用できるものはなんでも利用する……。始め――ッ!」



【シャア――ッ!!】



【…………】


 ロデムから放たれた、普通の人間なら認識できないほどはやい鋭利な右前足爪の一撃を、ディーはかわすことなくその体で受け止めた――


 ギャリッ――!!


 火花が散り、ディーが深紅の双眸そうぼうを光らせ、ニヤリと笑みを浮かべた。



【!?】



 動きを止めるロデム、皆がその視線の先を見るとその爪が欠けていた。


【次は私の番だな、黒猫――】


 ロデムが距離をとろうとするも、ディーは一瞬で間合いを詰め、その顔面に右前足で爪を使わない掌打しょうだを放った。


【ゴア――ッ!?】


 掌打がクリーンヒットしたロデムは、陣幕を突き破りながら吹き飛んでいった。


「そこまで!」


【安心しろ、ちゃんと骨にも牙にも影響がないよう調節した】


「ちょっとキミやりすぎじゃないっ……!?」


「いや、フォーカス、挑んだのはこちらだ。お前にも使い魔にも非はない」


 そう言いつつ、流石のカリギュラも慌てたように近衛と共に幕舎を後にする。


 ロデムは顔を腫らしていたが、無事だった。

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