第四十六話「計画どおり?」

「驚いたな……確かにお前の言うとおりだった、ディーとやらよ。ロデムの爪は鎧すら貫通するというのに」


【私の体は鋼鉄の刃物や矢をとおさない】


「……そのようだ。しかし、これほどの魔獣をお前が倒したというのか? フォーカス?」


「はいおそらく(記憶にはないけど)」


【娘が驚くのも無理はない。この長い生の中で、私が負けたのはあるじだけだからな】


「流石よな。お前たち、ディーに勝てる者はいるか?」



 近衛たちの誰も名乗りを上げなかった。



「ますますお前という男に興味が出たぞ、フォーカス。次は私たちで立ち合いをしてみるか?」



 カリギュラの魔法の強さと剣の腕は有名であり、フラッドは絶対拒否したいが、ここで慌ててはいけないと自分に言い聞かせ、余裕のある表情を浮かべつつ、首を横に振った。



「殿下、私は暴力を好みません。お許しいただければ幸いです(勝てるわけないから勘弁して)」


「ふむ……。いたずらに自身の武を誇示こじしない。か……、お前は本当の強者のようだな」


「いえいえ、滅相もない。ただ臆病なだけでございます(本音)」


「ふふっ、そうか……。ならば、そういうことにしておこう」


 楽し気に笑みを浮かべるカリギュラに、幕舎に入って来た近衛が耳打ちする。


「ふむ……お前との楽しい時間もここまでのようだ」



 そう言ってカリギュラは近衛を連れ幕舎を後にし、今到着した皇帝の使いから返書を受け取り、フラッドの幕舎へ戻った。



「陛下より返書が参った。此度こたびの王国攻めは中止とする。とのことだ」


「……ありがたく思います。このフラッド、この御恩は忘れません(あれ? 俺の内通の件はどうなったの……?)」



 疑問に思いつつも、なんか上手くいった。と、胸を撫で下ろし深く頭を下げるフラッド。



「当たり前の話だが、これは非公式なものだ。そもそも、帝国が王国を侵攻する予定があった。などと認めるワケがない。故になんの有効性もない空手形。言ってみれば、ウソということもありえる」



 バカなフラッドは、そういう駆け引きや難しいことはよく分からないので、とりあえずジャガイモ好きの同志として、カリギュラを信じることにした。



「いえ、私は殿下を信じます」


「ふっ、バカな奴だ。が、悪い気はしないな」


「このまま帝国と王国が、盟を結べるような関係になることを望みます」


「ふっ、それは無理だ。帝国は全てを飲み込み、この世界テラーを統一する。それが我等の大望だからだ」


「ならば、友好でいられる内はよしみを通じましょう。今日の友は明日の敵だったとしても、友であった事実は変わりませんから」


「そうだな……久しぶりに抱いた感情だ。私が戦場以外で会いたいと思った男。それがお前だ」


「光栄です殿下。お達者で――」

「お前もなフォーカス――」


 二人は厚く握手を交わした――



 フラッドが領地へ帰った後――


「姉上! どうしてフォーカスを生かして帰したのです!?」


 ヴォルマルクが血相を変えてカリギュラの幕舎へ入ってくる。



「分からんか? これは陛下の命でもある。王国への侵攻が予測されている以上、今の兵力では勝てん。ならば、不確実な戦を仕掛けるよりも、確実な恩を売っておく。フォーカスは頭が回る義理堅い男だ。悪くは転ばんだろう」



「それは買い被りというものです!! あの男は自分の身が一番可愛い小物ですぞ!!」



 フラッドの人間評においては、誰よりも正鵠せいこくを射ているヴォルマルクであったが、カリギュラや幕僚たちは呆れたような表情を浮かべた。



「それがお前という男の器量だ。皇子ならば、もっと思慮深く腹芸を身につけろ。少しでもフォーカスのような男を見習え。表面上は愚かでも、内心では熱い炎を秘める男にな」


「ぬっ……ぐぐっ……! 失礼致す……ッ!」


 ヴォルマルクは砕けそうなくらい歯を食いしばって、フラッドへの憎悪をみなぎらせ幕舎を後にした。



 フォーカス領――


「帰ったぞー!」

「フラッド!!」


 屋敷へ入るなりフロレンシアから熱い抱擁を受けるフラッド。


「殿下(裏切ろうとしたってばれてないよね……?)……」


「フラッド様……! 無事に戻られたということは……帝国との交渉は成功なさったのですね……っ!」


 カインは涙ぐんでいる。


「ああそうだ。非公式ではあるが、第一皇女のカリギュラ殿から、皇帝の認可の下、今回の侵攻を中止することを約束してもらった(なんで知ってるんだ?)」


「さすがですフラッド様っ……!」


「おお……フラッド様……!! このゲラルト、命ある限りどこまでもついていきますぞ……っ!!」


「フラッド、貴方は英雄です。陛下からも非公式ではありますが、お褒めの言葉があることでしょう……!」


「あっ、ありがとうございます、殿下っ!」



 フラッドは屋敷の皆から一通り称賛されると自室へ戻った。



「庶民にはなれなかったが、これで早々死ぬことはなくなったはずだ……。どうだエトナ? やり直す必要なんかなかっただろう?」



 砂糖たっぷりのミルクティーを飲みながら、フラッドが一仕事終えた顔でエトナを見た。



「いや、フラッド様が今までやってきたことって、普通にやり直しなのでは……?」

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