第四十七話「急襲と覚悟」

「はっはっはっ! 愉快愉快! いつもならイヤになることでも、今ならまったくイヤにならん! 世界が輝いて見えるぞ!」



 フラッドは大笑いしながら揚げジャガイモ片手に、書類へハンコを押していた。



「絵に描いたような有頂天うちょうてんぶりですね……」



「これが喜ばずにいられるか!? やり直さず、俺は前世での死因を全て乗り切ったんだ!! これで俺もエトナもしばらくは大丈夫だ! 後は折を見て庶民になるだけ! はっはっは!!」



「フラッド様が嬉しいなら私も嬉しいですけど、だいたいこういうときって、上げて落とす展開になるんですよね……」


【うむ。最後まで調子に乗りきれた者は見たことがないからな】


「んぐんぐんぐっ! ぷはぁっ! 美味いっ! エトナ特製のブドウ果実水は格別だ! おかわりっ!」


「少し蜂蜜を混ぜるのがポイントなんですよ」


 エトナがフラッドのグラスに果実水を注ぐ。


「それでもちゃんと仕事をするあたり、フラッド様らしいですね」


【そうなのか? 主は必要なければ、仕事などサボるものかと思っていたが、根は真面目だったりするのか?】


「いえ、サボって大変なことになるのが怖いから、やってるだけです」


【なるほど、よく理解した】



「フラッド様大変ですっ!!」


 珍しくカインが慌てた様子でノックもなく入室してくる。



「どうしたカイン? そこまで慌ててお前らしくないぞ」


 フラッドはカインをたしなめつつ果実水をあおる。


「帝国軍が我が領地へ侵攻してきました!!」


「ブーーーーーッ!!」


 青天の霹靂へきれきにフラッドは果実水が気管に入ってせき込んだ。


「ゴホッゴホッ! エアッ!? ファッ?! なんで!? どうして?!」


「偵察の報告によると皇女カリギュラの姿はなく、どうやら総大将は皇子ヴォルマルクとのことです!!」


「なぁーにぃー!?」


「事態は急を要します! 急いで軍議を!!」


「わ、分かった!!」



 カインに急かされるまま部屋を出ると、屋敷のロビーにはゲラルトをはじめとするフォーカス領の文武官たちが揃っていた。



「あ、ああ……」


 フラッドは急に前世の記憶がフラッシュバックし、視界が歪んだ。


(今回もダメなのか……? 結局皆敵になるのか……?)



 足元すらおぼつかなくなる。



「……フラッド様、安心してください」


 よろめくフラッドをエトナが支えた。



「え、エトナ……?」


「よくご覧になってください。皆の顔を……。それが、今回の生で、フラッド様が築かれたものなのです」


「俺が……築いた……?」



 フラッドが集まる皆に目を向けると、皆はフラッドへ信頼の視線を向けていた――



「フラッド様!! ご心配なされることはありません!! 我等は必ず勝ちます!!」


 カインが叫ぶ。自分を心配そうに見つめながらも、強い力を宿すその瞳は、愛と忠誠が入り交じり、前世のように復讐に染まってもいなければ、濁ってもいなかった――



「フラッド様、この老兵にも、やっと死に場所ができましたかな?」


 ゲラルトがおどける。だがその瞳は死を覚悟した壮絶なもので、どのような命令でも受ける。という決死の忠義が宿っている――



「私たち女中一同は、フラッド様と生死を共に致します」


「「「「フラッド様と生死を共にします」」」」


 サラ始め、クランツの被害者であった女中たちがそう声を揃え、普段は身に着けていない短剣を帯びつつ、頭を下げる。


 前世で自分のせいで死なせてしまったサラ・女中たちだが、皆の目は真摯しんしに自分のことを思い、本気で生死を共にする。という覚悟が見えた――



「フラッド。貴方なら大丈夫ですわ」


 フロレンシアがいる。第一王女、次期女王。前世で出会わなかった雲の上の存在。だが今は、ただの町娘のように、思慕の情を隠すことなく自分を見つめている――



 家臣たちがいる。皆、自分へ信頼のこもった視線を向けている――



「「「「フラッド様!!!!」」」」



 皆の声にフラッドは理解した。自分が今どういう立場なのか、信頼されるとはどういうことなのか。



「ああ……ああ……」


 フラッドは初めて自覚した。人に信頼されるということを。その重さと嬉しさがどれだけ胸に迫るのかを。


 フラッドはあふれる涙を隠すため、両手で顔を覆った。



「エトナ……っ。俺は……! 俺は……っ」



 自分とエトナだけが生き残れれば、あとはどうでもいい。


 終始一貫していたフラッドの行動方針、人生観が崩れる。



「大丈夫ですフラッド様。どのような結末になろうと、私は前世も、今世も、来世も、ずっとフラッド様と共にありますから――」



「ああっ……。すまない……エトナ……っ! 俺と……一緒に死んでくれるか……?」



「はい。喜んで、我が主人あるじ



 エトナの返答に覚悟を決めたフラッドは顔を上げ、集まる皆を見渡し、握りしめた右手を突き上げた――



「皆、心配するな!! この俺がついている!!」



「「「「オオ――!! フラッド様!! フラッド様!! フラッド様!!!!」」」」



 大歓声が響き渡る。



「……二十年の時を経て……今、俺は……初めて……領主になれたのか――」


 そうこぼす。


「はい。フラッド様は間違いなく、このフォーカス領の領主でございます」


 エトナが頷き、覚悟を決めたフラッドは階段を降り、作戦会議を始めるのであった。

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