第四十八話「軍議」

 時は戻り、コムネノス帝国軍駐屯地―― 


「陛下より召喚があった。私は帝都へ行く。ここの指揮権はお前に委任するが、くれぐれも浅慮せんりょな行動はとるな。分かっているな?」


「はい姉上。お任せください――」


 ヴォルマルクが頭を下げ、カリギュラが駐屯地を後にする。



「殿下、お話が……」


 自身の幕舎に戻り、一人で酒を飲んでいたヴォルマルクの後ろへ、音もなく一人のフードを目深に被った人物が現われる。


「お前か……。胡乱うろんな輩め。なんの用だ?」


「ご運が開けた殿下を、お祝いに参りました」


 フードの人物はそう言って頭を下げ、貢物みつぎものである黄金と宝石を差し出した。


「……ふんっ。お前の言いたいことは分かる。姉上のいない隙にフォーカス領を攻めろ、そう言いたいのだろう?」


「殿下は人の心を読むことができるのですね。まこと、名将、名君の器でございます」


「世辞はいい。正体も目的も分からん下郎だが、お前の言うことが外れたことはないからな。で? 勝てるか、俺は?」



「それは殿下が一番ご理解されているとと存じます。フォーカスは無能にて殿下は名将。帝国兵は精強にて王国兵は弱卒。ドラクマ国王は凡愚にて殿下は名君。どれをとっても、負ける理由がございませぬ」



「ふんっ。悪い気はせぬな」

「事実でございますので――」


 ウロボロスのペンダントが光るフードの人物は、そうしてヴォルマルクをそそのかしたのであった――



 数日後・コムネノス帝国駐屯地――


 時間が経ち、カリギュラが駐屯地を後にし、帝都に着いた頃、ヴォルマルクは駐屯地の将軍たちを集めていた。



「今より全軍をもってフォーカス領へと侵攻する!!」



 その言葉に将軍たちが動揺・反対する。


「お、お待ちを、陛下は侵攻を取りやめるという決断をなされたはずではっ」


「カリギュラ殿下からも慎重に行動するようにと……!」


「本気でございますか……?」


 声を上げる将軍たちをヴォルマルクが一喝する。



「今の最高責任者は俺だ!! いいか、陛下や姉上がドラクマ王国・フォーカス領への侵攻をとりやめた理由は侵攻を察知されていたからだ!! だが今ならば奴らは油断している!! そのうえフォーカス領領主は救えないバカ者だ!! これぞ我等にとって絶好の機会、天祐てんゆうなのだ!!」



「しかし、フォーカス領領主は切れ者、油断は足をすくわれますぞ……!」


「非公式とはいえ侵攻をしないと明言した後では……」


「勝てるのですか……?」


 ヴォルマルクは愛刀を机に突き刺して声を張り上げる。



「俺に油断はない!! 陛下も姉上も実績を出せば怒るどころか賞してくださるだろう!! これは決定事項だ!! 我等はこの十万の軍を持って、ドラクマ王国フォーカス領へ一気呵成いっきかせいに侵攻する!! 反撃する猶予すら与えぬ!! 従わぬ者は斬るっ!! 将軍ならば俺に逆らうことではなく、どうすれば味方の損害少なく勝利できるかに頭を使え!! 分かったか!?」



 この中で、命を懸けてまでヴォルマルクへ諫言かんげんする者はいなかった。



「「「「かしこまりました殿下!!」」」」



 ヴォルマルク率いる帝国軍は、すぐさま侵攻準備に取り掛かるのであった。



 フォーカス領――


 フォーカス邸は瞬く間に作戦本部となり、ロビーには大地図が置かれ、フラッド、カイン、ゲラルトといった面々が作戦を練っていた。


「まずは殿下、早く王都へお戻りください。殿下の身になにかあれば、私は殿下にも陛下にも王国民にも、顔向けできません」


 フラッドの言葉に、フロレンシアは首を横に振った。


「申し訳ありませんフラッド。ですが、この危急の事態だからこそ、私はこの地に留まるべきなのです」


 フロレンシアは芯のこもった瞳でフラッドを見た。


自惚うぬぼれるわけではありませんが、第一王女たる私がいれば、兵の士気が上がります。それは勝利に繋がるものとなるでしょう」


「確かに……。一所懸命になれば、より強く、強固に兵は団結するでしょう」


 カインが頷き、フラッドはフロレンシアの覚悟を理解し、受け止めた。



「殿下、ならば、もうお止めはしません。ですが、もし敗色濃厚となった折には、強制的に王都へ送還させていただきます。よろしいですね?」


「はいフラッド。すべて貴方の判断にお任せしますわ」


 微笑むフロレンシア。



「敵は国境の砦を陥落させ、この領都を一直線に目指しております。兵には遅滞ちたい戦闘を行うように徹底させましたので、領民兵を総動員するまでの時間は稼げるかと」


兵糧ひょうろうと兵力の問題だが、持久戦できるほどの蓄えはあるのか? 領民兵はどれほど集められそうだ……?」


「領兵と合わせて、総兵力は三万といったところです。問題なのは食料です……。ただでさえ飢饉があったうえに、余剰分も援助に回してしまったため、余裕がありません……」


「なるほど……もっと言えば、この領都には大軍を防げるほどの防壁がない……。決戦を、行うしかないのか――」



 フォーカス領領都であるアイオリスは拡張性を重視するため、強固な城壁や防壁というものがなく、あくまで野生生物や野盗を防ぐための高い壁、といえるようなものがあるだけで、とても籠城ろうじょうできるような造りではなかった。

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