第四十四話「認められるジャガイモ」

「よろしい。ならばお前の言うとおりに調理し、食そう。不味ければお前の舌を切り落とす。いいな?」


 否。と、フラッドは首を横に振る。


「よくありません。美味と感じた場合は、ジャガイモへの暴言を訂正してくださる。それが私の条件です」


 また声を上げようとする近衛たちを、片手を挙げて制するカリギュラ。


「……いいだろう。だがこの陣中にジャガイモはないぞ?」


「問題ありません。私の手持ちがまだ残っていますので」


 フラッドはジャガイモを取り出してカリギュラに見せた。


「……このような場面を想定していたのか?」


「まさか、ジャガイモは非常食にもなるので、備えとして持ってきただけです」


「おい、炊事長を呼べ」

「はっ!」



 やってきた炊事長が、フラッドからジャガイモを受け取って説明を受ける。



「ジャガイモに付いている土を綺麗に洗い落として、芽があれば取り、ふかして芯まで火がとおったら持ってきてほしい」


「……それだけでよろしいのですか? 皮もむかないで? 火加減の調節も必要ないのですか?」


「大丈夫。皮つきのまま蒸すだけでいい。あと、できれば蒸したてのものを持ってきてくれ。冷えても美味いが、熱いほうがより美味いからな」


「かしこまりました」


「味は塩だけでも十分なのですが、できればバターと胡椒があれば嬉しいです」


「陣中における嗜好品しこうひんを、豚のエサに使えと?」


「殿下にとって私の舌は、バターや胡椒以下なのでしょうか?」


 フラッドの返答にカリギュラが微笑を浮かべる。


「ふん、いいだろう。持ってこい」

「ありがとうございます」



 炊事長がフラッドの言ったとおり、土を洗い落として芽を取り、中心まで火が通ったアツアツのジャガイモと、バターと塩と胡椒を持ってくる。



「このアツアツのジャガイモに、十字の切れ目を入れ、その中心にバターを落とし、塩胡椒を適量振ってくれ」


「は……はい……」


 言われたとおり炊事長が切れ目を入れ、バターを乗せ塩胡椒を振る。


「完成です。名付けてジャガバター。当家の料理長が考案したジャガイモレシピの中でも、三本の指に入る味です。どうか冷えないうちにお召し上がりください」


「失礼します」


 近衛がジャガバターの入った器を受け取り、嫌悪感をなんとか隠しながら毒見する。


「……!!」


 だが、ジャガバターを食べた近衛は、その美味さに思わずといったように驚きの表情を浮かべ、即座に表情を戻し、改めてカリギュラに差し出した。



「ふむ……香りは悪くないな……。しかし豚のエサと思うと、この私でも手が止まってしまう……」



 切れ目から湯気を出すジャガバターは、ジャガイモと溶けたバターと胡椒の風味が合わさって、実に食欲をそそる香りを漂わせている。


「殿下、もし不味ければ、舌だけでなく如何様な罰でもお受けしましょう」


「ふー……。では、フォーカスの覚悟に応えよう――」


 カリギュラは、溶けたバターがたっぷりかかったジャガイモをフォークで刺すと、口に運んだ。


「…………」


 言葉もなく、静かに咀嚼そしゃくして嚥下えんげする。

 その様子をフラッド一行や近衛、炊事長が息を飲んで見つめている。



「……悪くないな。口の中でとろけて混ざり合う、ジャガイモとバターの触感、さらにそこへ胡椒が加わった風味、素材の味を引き立たせる塩味、全てが高次元でまとまっている――」



 カリギュラの絶賛とも言える感想に、近衛たちや炊事長は唖然とした表情を浮かべる。


「私の処遇は?」


 フラッドの言葉に、カリギュラは無言で二口目を口に運び、よく味わって嚥下する。


「…………ふぅ。フォーカス卿の言うとおりであった。前言を撤回しよう。このような食物を豚のエサにするのは、人類に対する大いなる損失だ」


「ありがとうございます――」


 フラッドは頭を下げ、近衛たちを見た。


「殿下、これも何かの縁。この場に居合わせた者に、ジャガイモの汚名返上する機会をお与えいただきたく……」


「うむ、そうだな。お前たち、これを食べろ」



「「「「え゛っ!?」」」」



 カリギュラの命で炊事長が新たに人数分のジャガバターを作り、無理やり食べさせられた近衛と炊事長であったが、一口食べた瞬間、皆自身の考えを改めることになった。


「美味い……」

「なんだこれは……」

「何故これを豚に食わせていたのだ……?」


「ただ蒸して調味料をかけただけでこの美味さ……化け物か……?」


 この日、フラッドの活躍でカリギュラ率いる帝国軍の中で、ジャガイモが権利を得たのであった。

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