第四十三話「ジャガイモを愛する男」

 帝国軍駐屯地――


「なるほど……アリの子一匹通れない。と――」


 間諜かんちょうからの報告を聞き終えたカリギュラが、少しだけ愉快気に頬杖ほおづえを外す。


「はい。さらには、フォーカス領に送った斥候せっこうや間諜が、多く捕らえられています」


「敵ながら見事な対応だ。それで? 向こうはなにか要求してきたか?」


「いえ。捕虜が尋問や拷問にかけられることもないようでして、ただ立札がフォーカス領内に設置され『報復する事態にならないことを望む』と、記されているようです」


「なるほど……。フォーカスに何かあれば絶対に許さぬ。というワケか……。ふふっ、フォーカスの後任も有能だが、フォーカスは噂以上に愛されているようだな……」


「おっしゃるとおりで」


「ふふっ……愉快だ。久しぶりにな」


 カリギュラは楽しそうに笑みを浮かべた。



 フラッドの幕舎ばくしゃ――


 フラッド専用に用意された幕舎には、専属の使用人と警備兵がつき、食べ物や飲み物に困らぬよう、三食以外にも、希望すればいつでも食事や酒が用意されるようになっていた。


「それにしても、本当に上手く行くとは……。びっくりです」


【私もだ。絶対失敗すると思って、いつでも戦えるようにしていたが、無駄になったな】


「前世の記憶もあったし、口先だけは得意だからな」


「ちなみに、ダメだった場合は、どうしようと思ってたんです?」


「はっはっはっエトナ、戦う前から負けることを考える奴がいるか?」


【だめだこりゃ】


「安心しました。いつものフラッド様ですね」


 もしかして有能に覚醒したか? とほんの少しだけ思っていたエトナとディーであったが、いつもどおりのフラッドで安心した。


【もしや……と思ったが、あるじに限ってそんなことあるワケないな】


「はっはっはっ! 二人ともそう褒めるな! 褒めてるよね……?」



「いるかフォーカス?」



「おひょいっ!」


 突然現れたカリギュラに驚き奇声を上げるフラッド。


「おひょい?」


「き、気のせいでございましょう。と、ところでいかがされました殿下(突然くるなよ死ぬほどびっくりしたわ)」


 近衛がカリギュラの椅子を用意し、そこへ腰掛けるカリギュラ。


「なに、腹の探り合いに来たのではない。個人的に、お前に興味が湧いたのだ。だから雑談でもしようかと思ってな」


「なるほど、光栄です(話すことなんてないよぉ……帰ってょぉ……)」


「なにか不足しているものはないか?」



 特にない。と、言いかけて、フラッドは一つだけある不満を話題にもなるかと、思い切って言うことにした。



「そ、それなら……。ジャガイモ料理が一品もないことが不満です」


「あるわけないだろそんなもの。誇りある帝国軍人に、豚のエサなど食わせられるか」



 即座に一蹴され、少しイラッとするフラッド。



「……殿下は、ジャガイモを食されたことはありますか?」


「愚問だな。私は豚のエサなぞ食わん。お前たちとは違うのだ」


「……と、おっしゃいますと?」


「いくら飢饉時とはいえ、平民はともかく、貴族まで豚のエサを食って生き延びた。と、いうではないか。ドラクマ貴族には尊厳というものはないのか?」



 この言葉は、ジャガイモを命の恩人と想うフラッドの逆鱗げきりんに触れた。



(あ、マズい)

(マズいな)


 エトナとディーが止めようとするよりも早く、フラッドは口を開いていた。



「殿下、今の言葉、お取り消しを」

「……なに?」


「確かに、豚のエサを食べてまで生き延びるのか、誇りある死を選ぶか、人それぞれありましょう」


「だろう?」


「ですが、それが本当に豚のエサだった場合です。ジャガイモが豚のエサであるというのは、一面でしかありません。その理屈を当てはめるなら、トウモロコシや麦は鳥のエサにもなりますが、パンやトウモロコシを食して、人としての尊厳を問われますか?」


「…………問われんな」



 フラッドの剣幕に、少し気押されるカリギュラ。



「ジャガイモは豚のエサにあらず。むしろ唯一神サク=シャが作りし、神の食物なのです。今回の飢饉でも証明できましたとおり、ジャガイモにはあらゆる可能性が秘められています。だというのに、豚のエサとしてしか活用してこなかったことは、人類の大きな過ちであり罪なのです。今回の飢饉を救ったのも、私ではなくジャガイモ。このフラッド、ジャガイモへの侮辱は許せません」



 カリギュラは静かにフラッドの持論を聞いている。



「我等は愚かにも、飢饉という非常時において、やっとそのことに気付きました。が、どうやら帝国はまだ目が曇っているご様子。私が啓蒙けいもうして差し上げましょうか?」


「なるほど、大したものだ。私を前に、そこまで大見得おおみえを切れる者は多くない。しかし、ジャガイモの有用性は理解できたが、問題は味だ。美味いのか?」


「無論、調理法にもよりますが、パンにも米にも後れを取りません。豚のエサにしていることを後悔することでしょう。せっかくの機会です、殿下にもぜひお召し上がりいただきたく」



「貴殿ッ! いくら客人とはいえ見過ごせぬぞ!」


「殿下に豚のエサを食させるつもりかっ!」


「無礼千万!」



「静まれ」


 殺気立つ近衛をカリギュラが制する。


「しかし近衛の言うことももっともだ。フォーカス、私に豚のエサを勧める以上、お前は相応の覚悟をしているのだろうな?」



「ええ、この舌を懸けましょう」



⦅フラッド様落ち着いてください。とんでもないこと口走ってますよ⦆


⦅そうだぞ主よ、美味い不味いは個体差が大きいだろう。そんなものに自身をかけるな⦆


 エトナとディーは小声でフラッドに忠告するが、ジャガイモ愛に燃えるフラッドは二人の声が聞こえていなかった。

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