第四十二話「フォーカス領では」

 フラッドが『ちょっと出かけてくる』とだけ書かれた書置きを残して蒸発したため、フォーカス邸は大騒ぎになっていた。


「フラッド……いったいどこへ……?」


「国境付近で、エトナ殿とディーを伴った、フラッド様らしき者を見た。という兵の情報がありますが……」


 フロレンシアの呟きにゲラルトが応える。


「まさか王国に愛想を尽かして出奔しゅっぽん……っ?」


「大丈夫ですよ殿下。フラッド様はそのようなお方ではありません」


 よろめくフロレンシアをサラが支える。


「母さんの言うとおりです殿下。おそらくフラッド様は出奔されたのではなく……実際はその真逆でしょう……」


「……どういうことですの?」


 カインの言葉に皆が首を傾げる。


「実は……フォーカス領諜報班により、帝国が、ここフォーカス領へ侵攻する可能性がある。という情報が入っていたのです」


「まことかっ!?」


 ゲラルトが驚く。


「……はい。フラッド様の行方を追わせた間諜かんちょうからの情報なので、遅きに失っしているのですが……」



 自分などとは比較にもならない天才であるフラッドのことだ、きっと自分では想像も及ばない深いお考えがあるのだろう。現に、帝国がフォーカス領へと侵攻せんとしていることを、間諜も使わず見抜かれておられた。と、カインは思っていた。



「ですが、それとフラッドが直接帝国領に出向くことと、どう直結するのです?」


 フロレンシアの言葉に、答えようか答えまいか、という表情を浮かべるカイン。


「構いません。腹蔵ふくぞうなく申しなさい」



「はい……。きっとフラッド様は、この地が帝国から奇襲攻撃を受けた場合の、殿下の危険性及び、間諜による、殿下の誘拐を危険視なされたのだと思います……っ」



 カインの返答にフロレンシアだけでなく、一同がハッとする。



「フラッド様は、自身の命を懸け、帝国の侵攻を止めるために……っ! それも、交渉が失敗した場合のことも考慮なされ、王国の使者ではなく、個人として帝国へ向かったのだと思われます……っ!」


「だ、だが、そうだったとして、殿下や我々へ、内密に打ち明けることもできたはず」


「そこまではボクには分かりません……。フラッド様のことですから、きっと深いお考えあってのことでしょう……」


「ではフラッドは私のせいで……? 私がここへ押しかけてしまったからフラッドは……?」



 責任を感じ、顔面を蒼白にするフロレンシアにカインが首を横に振る。



「違います殿下。フラッド様は王国の忠臣。王国、陛下、殿下の安全を第一に考えます。どのみち帝国が侵攻してくれば、殿下がどこにおられようと、結果は同じ事になります。ですからフラッド様は、先手を打って帝国へおもむかれたのでしょう……。もし自分が帰ってこなかったら、処刑されたら、帝国が王国へ侵攻することの証明である。と――」



 無論、当人であるフラッドは、そんな難しいことを微塵も考えていなかった。



「では……我々が今すべきことは……」


「はい……帝国との国境及び、領内全体の防備を固め、厳戒態勢を敷くことです」


「承った……フラッド様……」


「ああ……! フラッド……! どうか無事に帰ってきて……!」


 フロレンシアはフラッドの献身に心打たれ、もし再会することができたら、絶対に自身の婚約者になってもらう。


 それが無理なら王女の座を辞し、フラッドのめかけにしてもらう。その覚悟を決めるほどフラッドに惚れ込んでいた。


 そうしてフォーカス邸の一同は、皆フラッドの無事を祈るであった。


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