第四十話「カリギュラ再び」

「いるかフォーカス?」


 ノックもせずドアを開け、ぞろぞろと入室してきたカリギュラと近衛兵と使い魔のロデム。


「あひゃっ?!」

「あひゃ?」


「なっ、なんでもありません。お久しぶりですねカリギュラ殿(いきなり入って来くるなよ心臓止まるかと思ったわ!)」


「すまぬな。お前に会いたい想いが、返事を待つ忍耐を超えてしまったのだ」


「はは、それは光栄です。せっかくです、座って話しましょう」


 フラッドがソファーに座り、その対面に腰かけるカリギュラ。


「フォーカス、前に我が国の大使がお前に無礼を働いたようだな?」


 そんなヤツいたっけ? と、ベルクラント到着初日に舌戦を挑んできた大使の存在を忘れていたフラッドだったが、しばらく考えて「ああ、いたわそんなヤツ!」と思い出した。


「敗戦時のことを持ち出した挙句返り討ちにされるとは、恥の上塗り、帝国の恥さらしだ。罰しようか。なぁ、フォーカス?」


「えっ?!」


 自分のせいで人が罰されることが嫌なフラッドは首を横に振った。


「……いえ、大使殿は自らの職務を全うしようとなさっただけでしょう。それは私にとっては非礼であっても、帝国にとっては忠節の証。もし私のためを思って罰されることをお考えなら、ご再考を願いたく思います」


 愉快そうにカリギュラが笑う。


「ふふっ、お前ならそう言うと思ったよ」


「失礼します」


 カリギュラへ紅茶を差し出すエトナ。


 毒見役が「失礼します」と言って紅茶を毒見する。


「エトナと言ったな」


「はい殿下」


「愚弟が迷惑をかけた。立場上頭を下げるわけにはいかんが、口頭では謝罪しよう。すまぬ」


 驚くカリギュラの近衛兵たち。

 エトナも少しだけ驚きに目を見開いた。


「私のような者に、もったいなくございます。全ては過去のことですし、殿下が悪いわけではございません。お気になさらないでください」


 頭を下げるエトナ。


「うむ、分かった」


 頷きつつ毒見の済んだ紅茶を口にするカリギュラ。


「そうだフォーカス、あの愚弟は廃嫡はいちゃくとなったぞ」


「さようですか」


 フラッドの感情のない返答に意外と言う表情のカリギュラ。


「ふむ……? 大使は庇うが、愚弟は庇わんのだな?」


「私も聖人というワケではございません。許せるものと許せぬものがございます」


「なにが許せぬのだ?」


「私の大切な者を傷つける者は絶対に許せません」


「お前自身が殺されかけたことはいいのか?」


「はい。結果論ですが、こうして生きておりますので」


「お前の大切な者も無事だっただろう?」


「それは許せぬ結果論です」


「ふはっ! やはりお前は面白いな、フォーカス」



 カリギュラは笑いながらフラッドの後ろに控えているリンドウに目を向けた。



「ところで、お前が新たにフォーカスの護衛になったというアシハラの者か?」


 無言のまま会釈するリンドウ。


「できるな、確かに腕は立つようだ」


「貴公もなかなか、目の前にしているだけで肌が粟立あわだつ」


「ふふっ。誉め言葉と受け取っておこう。フォーカス、少し内密な話がある」


 真剣な表情になるカリギュラ。


「分かりました……(二人きりになるのちょっと恐いけど……)。皆、出てくれ」


「お前たちもだ。ロデム、お前もだ」


【ガウッ!】



 そして室内はカリギュラとフラッドの二人だけとなる。



「……それで、内密なお話というのは?」


「ああ。今回の騒動、あのフードの男の影が見える。と言ったらどうする?」


 予想していなかった言葉に驚くフラッド。


「それは……。我が家令やヴォルマルク殿をそそのかし、エトナをさらった、あのフードの男ですか?」


「そうだ。今回お前が討伐した野盗、商人から奪った魔道具を持っていただろう? その情報、魔道具の使い方、誰から得たと思う?」


「フードの男だというのですか……?」


「うむ。帝国はな、受けた仇は絶対に返す。故に、奴をずっと追っていた。そうしてここにたどり着いたというわけだ。今回ベルクラントに来たのも、特使の役目はついでで、本命はそのためだ」


 なるほど、とフラッドが頷く。


「では、奴はまだこの国にいて、なにか画策かくさくしている……と?」


「その可能性が高いな。お前はどうする?」


 まだアリスが暗殺される可能性がある? まだ未来は変えられていない? と思うフラッド。


「フードの男に関しましては、カリギュラ殿にお任せします。私は、警戒しつつ、猊下をお守りしようと思います」


 なら自分はアリスを守る。フラッドはそう決意する。


「なるほど……。奴がことを起こすなら、教皇関連ということか」


「ベルクラントにいるのなら、そう思わない方が不自然ですからね」


「私は奴を追う。あの教皇を守るつもりも、変事が起きても解決するつもりはない。ただあの男を追い、討ち果たす。それでもいいのだな?」


「はい。奴の狙いがわからない以上、私はどうしようもありませんからね。ただ……」


「ただ、なんだ?」


「今までの行動から見ますと、奴は人をけしかけますが、基本は傍観者気取りです。もし、ベルクラントで変事が起きたなら、奴は離れたところでなにかするか、傍観している可能性が高いです」


「なるほど、奴を見つけるのなら、そこが狙い目だな。教皇にエサにしてヤツを釣り上げるとしよう」


「はい」


「ありがとうフォーカス。やはりお前と話すと、楽しいよ。新たな発見も多い」


「こちらこそです」


 二人は厚く握手を交わしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る