第四十一話「クーデター」

 アルビオン宮殿――


 災害から二週間ほど経ったころ、半壊した宮殿の謁見の間には、チェザリーニとネロとセレス、そしてフードの男の姿があった。


「時がきた。そう思いませんか?」

「…………」


 玉座を見ながら、無言を貫くチェザリーニ。


「この機を逃せば、もう貴方に好機は訪れないでしょう。魔力竜巻によって結界が破壊され、宝物庫への鍵が開き、普段なら厳重に守られている教皇も今は離宮で、兵の数も手薄。今動かないでいつ動くのです? それとも、このままただの神官として、老いて死ぬ道を選びますか?」


 ウロボロスのペンダントを光らせながらフードの男が続ける。


「ああ……いや、これ以上は無粋ぶすいですね。貴方の想いは、私の想像を遥かに凌駕りょうがされているようだ。では、これにて失礼させていただきます」


 一礼してフードの男は転移魔法を発動させ姿を消した。


 場には、チェザリーニと、その腹心であるネロとセレスが残る。


 ネロもセレスも元孤児であり、チェザリーニに拾われ育てられたため、チェザリーニを実の父のように思っていた。


「チェザリーニ様……っ、いえ、先生、もうやめましょう。あんな男にそそのかされてどうするのです? 先生もアリス様を実の子のように、孫のように愛しているじゃないですかっ」


「…………」


 セレスの悲痛な言葉にもチェザリーニは応えない。


 ネロはただ黙って控えている。


「アリス様を殺したとして、先生が教皇になれる保証はありませんっ! 先生を慕う兵も巻き込んで、サク=シャ教徒同士で、仲間同士で殺しあうなんてどうかしていますっ」


「…………セレス」


 チェザリーニが前を向いたまま口を開いた。


 魔力竜巻よって吹き飛んだ天井からは光が差し、玉座をてらしていた。


「はいっ、先生っ」


 考え直してくれたのか? と、セレスが一縷いちるの望みをかけてチェザリーニを見る。


「私は、貴女を、アリスを愛しています。ネロも、孤児院の子らも皆。この言葉に嘘はありません。覚えておいてください」


「先生……?」

「ネロ」

「……はい」

「斬りなさい」


 答えるよりも早く、ネロは兄妹同然に育ったセレスを斬っていた。


「くはっ?! ネロッ……!」


「…………謝罪はしない――」


「上善は水の如し……っ!」

 ベシャッ――!


 傷口から血を流しながらも、セレスは咄嗟とっさに魔法を発動させ、自らの体を液体に変えるとその場を離脱した。


「逃がしましたか……」


「……申し訳ありません」


「セレスは……アリスの下へ行くでしょう。もう、決行するしかありませんね」


 ネロはなにも答えない。


「クラッスス」


「はっ!」


 謁見の間の外で控えていたチェザリーニの私兵団団長であるクラッススが姿を現す。


「予定通り、離宮に兵を送りなさい。アリスだけではなく、その場にいる者は皆、天の国へ送るのです」


「はっ!」


 クラッススは敬礼すると教皇の間を後にした。


「私は彼等が失敗した場合に備え宝物庫へ行きます。ネロは私と共に」


「……チェザリーニ様、敵にはリンドウやディーという武勇に優れた猛将がいます。私も向こうへ行ったほうがいいのでは?」 


「いくら武勇に英でようと、数の利を崩せはしません。行きますよ」


「はい――」


 ネロは反論せず、チェザリーニと共にベルクラント宝物庫へ足を進めた。



 離宮・教皇の間――


「アリス~。あんまり無茶しちゃダメだぞ~」


「む~~」


 フラッドは聖務を終えたアリスのほっぺをむにむにしながら甘やかしていた。


 エトナをずっとお姫様抱っこしていたときと同じく、アリスに対しても「教皇として立派」「だけど年相応の子供としての幸せになってほしい」「甘やかすしかない」という複雑な心境だった。


「アリス様、クリームプリンですよ」


 エトナがたっぷりと生クリームが乗せられたプリンの皿をアリスの前に置いた。


「おおっ! じゅんぱくのめがみさまのだいこうぶつ!」


「はい、あーん」

「あーん……。おいしー!」


 満面の笑みを浮かべるアリス。


「エトナ、俺の分は?」


「? ありませんよ?」


「えっ……?」


 絶望の表情を浮かべるフラッド。


「ふらっど、あーん」


「おおっ、アリスは優しいなっ……! あーん! うん! 甘くて美味い!」


「六歳児から施しを受けないでくださいよ……」


【みっともないぞ主……】


「はっはっはっ! 殿はまこと面白い御仁ですな!」


 一同が和んでいると、血相を変えた衛兵が駆け込んできた。


「大変でございます!! 大司教の私兵と思わしき一団がここを包囲!! 神官、大使、使用人、衛兵関わらず、目に見える者を無差別に攻撃しております!!」


「なんでっ?!」

「じーじ……?」


 その報告にフラッドが驚きの声を上げ、アリスがスプーンを落とした。


 横で呆然とするアリスを見て「ここは自分がしっかりしなければ!」と思ったフラッドは自身の両頬を叩いた。


「指揮は誰が執っている!?」


「衛兵長が陣頭指揮を執っています!!」


「ディー! リンドウ!」


「はっ!」

【うむ】


「衛兵を援護しに行ってくれ! 一兵たりとも侵入させなるな!」


「かしこまった!」

【やるとするか――】


 ディーとリンドウが衛兵と共に教皇の間を後にすると、教皇の間に水たまりができ、重傷を負った全裸のセレスが姿を現した。


「アリス様……フォーカス卿……」


「セレス殿!?」

「せれす!」


 倒れるセレスをフラッドが抱き抱える。


「なにがあったんです?!」


「先生が……チェザリーニ様が……動きました……」


「どういうことです……?」

「せれすっ……!」

「とにかく手当をっ」


 手当てを受けながらセレスがチェザリーニの企みを全て話した。


「つまり、大司教は教皇になりたいがために、アリスを、ここにいる全員を殺そうとしている……と?」


「はい……止めることは……できませんでした……」


「何故大司教は突然こんなことを……?」


 力なく首を横に振るセレス。


「ちがうのです……。先生は……ずっと……ずっと昔から……教皇になることを……夢見ていました……。その想いが……こじれてしまったのです……。アリス様……」


「せれすっ……!」


 目に涙を浮かべセレスの手をしっかり握るアリス。


「先生は……アリス様のことを愛しています……。憎んでも……恨んでもいません……。けれど……教皇だから……殺さなければならない……。でなければ……自分が教皇になれ……ない……そう……思って……いるのです……」


「じーじは……どうすればとめられるの……?」


「………それは……難しいでしょう……でも……アリス様なら……先生の……魂を……救って……」


 言いかけ、セレスは力尽きたように瞳を閉じた。

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