第三十五話「フロレンシア来訪」
「なんでだぁーーーー!!」
帰りの馬車の中でフラッドは頭を抱えて叫んでいた。
「まぁ、なんとなくこうなるだろうな。とは思ってましたよ」
「平民になるどころか侯爵になっちゃったよ?!」
「おめでとうございます」
「めでたくないっ! 勲章も含めて責任がめちゃめちゃ増えちゃった!」
「嫌なら嫌と断ればよかったでしょう」
「そんな空気の読めないことできるかっ! 流石の俺でも、あの流れで断るような頭のおかしい奴いたらドン引きだぞ?!」
「まぁ、少なくとも前世よりはいい流れなんじゃないですか? 飢饉を防いで、カインや兵長も味方につけて、国王と王女の覚えもめでたく、貴族たちにも好印象を与えられましたし。上々じゃないですか」
「だがエトナ、好きと嫌いはコインの裏表のようなものだ。今俺がどれだけ高評価を得ていようと、ほんの些細な、それも自身で意図しなかったような過失で、裏を向くこともある。そうなればおしまいだぞ? 地獄への道は善意で舗装されているんだ」
「そうですね」
「淡白っ!」
「いいですかフラッド様、私は常に未来のことを考えています。過ぎたことは考えても仕方ないのです。過去は変えられないのですから。なので、悔やむよりもこれよりを考えましょう」
「そっ、そうだなっ! 流石はエトナだ! とりあえず帰ったらカインを説教だ! 余計なことをしてくれよって……! 流石に怒るっ!!」
フォーカス邸――
「お帰りなさいませフラッド様!! 陞爵おめでとうございます!!」
「おめでとうございますフラッド様……! この老いぼれ、涙が止まりませんぞっ……!!」
「「「「おめでとうございますフラッド様――」」」」
フラッドが領地に帰ると、領都だけでなく、全ての地域で領民からの大歓声と祝福の言葉が贈られ、今ようやく帰った屋敷では、カインが久しぶりに飼い主に会えた子犬のような笑顔を浮かべ、ゲラルトが嬉し涙を流し、サラや料理長を筆頭に使用人一同が儀礼上ではなく、心からと分かるほど喜びと誇らしさを浮かべていた。
「…………ただいま。皆の心遣い、本当に、ほんっとうに……! 立ち上がれないくらい……っ!! 心に響いたぞっ……!! 特にカイン――」
「はっ、はいっ!」
「この大バカ者がっ……!! お前は自分が領主になれる機会を棒に振って……!! 俺はそんなことを教えた覚えはないぞっ!!」
言葉とは裏腹に、フラッドはカインを抱きしめて頭や顔を撫でまわした。
こんな純粋な好意を向けてくれる相手に冷たく接せるほど、フラッドは割り切れる人間ではなかった。
「もっ、申し訳ありません……! ですが、ボクなどよりも、この領地は、いえ、王国はフラッド様を必要としているのです……!」
「゛ん~~~~~!!」
フラッドは喜びとも怒りとも言えない声を上げるのだった。
後日・フォーカス邸――
「たっ、大変ですフラッド様!!」
「どうしたカイン? そんなに慌てるなんて珍しいな」
ディーとオセロをしていたフラッドが顔を上げる。
【これで終わりだな主よ】
「あー! なんで毎回四隅がとられるんだ!?」
【主の頭が悪いからだ】
「うっさいわ!」
「フラッド様、オセロをしている場合ではありません!」
「はっ! そっ、そうだった! で、どうしたカイン?」
「お、王女殿下が参られました!!」
「は? ……はぁっ?! どこに!?」
「この屋敷でございます!」
「なんでっ?! そんな報告受けていないぞ!?」
「ボクもですっ! どうやらお忍びで参られたようで、今来賓室でお待ちいただいております!!」
「よく分からんがすぐに支度をっ! サラはどうしている!?」
「殿下の応接をしております!!」
フラッドはすぐさま立ち上がる。
「それでいい! サラほど美しく気品があって、誰にも臆さない度胸と礼儀作法も完璧な女中は、王国広しといえども二人といないだろう!」
エトナが持ってきた上着に袖を通すフラッド。
「あっ、ありがとうございます!」
【これはオセロなどよりも、よほど面白くなりそうだな……】
「アナタも随分と人間界に染まりましたね」
【ふっふっふ、そうかもしれんな】
エトナとディーはわたわたする二人を他人事のように見ていた。
フラッドとカインは急いで来賓室へと向かうと、そこには近衛兵と侍女を伴ったフロレンシアがソファーに座り、サラと談笑しながら優雅に紅茶を飲んでいた。
「でっ、殿下……?」
「フラッド……ッ!」
フロレンシアはすぐに立ち上がると、フラッドの前に歩み寄ってその両手を握った。
「お会いしたかったですわ」
「こっ、光栄です(突然お忍びでなんの用だ……?)。殿下、此度の急なご訪問、どのようなご用件で……?」
「イヤですわ、お約束したではありませんか」
「約束……ですか?」
「はい。非公式な場で会ってくださる。と。なので、待ちきれず押しかけてしまいました」
恥ずかしそうに頬を染めるフロレンシア。
(行動力ぅ!! 社交辞令とは言わないまでも早すぎる!!)
と、心の中で叫ぶフラッド。
「しかし殿下、あえて無礼な物言いをお許しください。陛下のご許可はとれておられるのでしょうか?」
「はい。むしろ喜んでおられましたわ。フォーカス侯爵のところで、
「ははは……なるほど(おい国王!! 俺の了解も取らないでなに勝手に許可しとるんじゃ!!)」
「しばらくはこのフォーカス領に滞在させていただく予定ですわ。事後承諾になってしまいますが……よろしくて?」
フラッドは乾いた笑いで応える。
決してフロレンシアのことが嫌いなわけではないが、王女と臣下という立場上、どうしても気を遣わずにはいられないからだ。
「(よろしくないけど……)もちろんです殿下、望まれる限り何日でもご滞在ください」
「ありがとうございますフラッド!」
喜ぶフロレンシアはフラッドの胸に飛び込む。
「やはり殿下はチョロ……素直なお方のようですね」
【おい、今本音が出かけていたぞ】
エトナにディーがツッコんだ。
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