第四十七話「魔法」

「ハァッ!!」

「!!」


 ネロ渾身の一撃をリンドウは自身の左足を後ろに伸ばし、その膝と上半身が地面に着くほど身を低く躱し――


「!?」

「はぁッ!」


 超低姿勢から、身体のバネを活かして跳ぶように起き上がりながらの斬り上げを放った。


「ぐくっ!?」


 ネロは咄嗟とっさに下がり致命傷は免れるも腹から胸にかけて深手を負う。



「まったく……厄介だな……っ。それも技なのか?」


 互いに距離を取り構えなおす。


「うむ。早乙女流太刀術、かわず斬りだ」


「なるほど……」


 ボタボタと胸から血を流すネロ。


「浅くはない、か……。魔法を温存しているは場合ではないな――」


「是非も無し、参られよ――」



「誰にも見られたくない、触られたくない、ただそれだけ、それだけでよかった。俺を観るのはただ一つ、永遠の相だけでいい――」



 ネロの体が魔力に覆われる。



「【透明化インビジブル】――」



 瞬間、ネロの体が消えた。



「それがネロ殿の魔法か……楽しみだ――」


 太刀をかつぐリンドウ。


 リンドウが最も好む構えであり、全てにおいて反撃が遅れる術利の薄い構えではあるが、体力の消耗を防げるという利点があった。


 ヒュンッ――!


「!」


 ネロの不可視の一撃を躱すリンドウ。


 頸動脈までは達しなかったが、剣先が触れた首筋から血が流れる。


「そこまでとは……流石は魔法か――!」


 喜びのような声をあげたリンドウは極限まで五感を研ぎ澄ます。



「!! はっ!! ぬっ?!」



 第六感ともいえる直感でネロの不可視の斬撃を、致命傷にならないギリギリで躱し続けるリンドウ。



「なるほど……。姿が見えないだけではない。音も、気配も、匂いも、流れ落ちているはずの血すら見えなくなるというのか……。鍛え上げられた体、練り上げられた武技、そして不可視の魔法――」



 リンドウは体中に切創を作りながらも、目を輝かせていた。



「血がたぎるわ……! この大陸へ来てよかった――!」



 謁見の間――



「――――」


 生存本能を発動させたフラッドが、剣に魔力を込めて斬撃を打ち込む。



 ガギィ――!!



「無駄ですよ。いくら強力な魔法を持とうと、人の身で私を傷つけることはできません」


 教皇が展開したバリアによって全て防がれる。


 それでもフラッドは手を緩めず、バリアへ無数の斬撃を打ち込み続け、鋭利な金属同士がぶつかりあうような甲高い音が響き渡る。



「もうおよしなさい、無駄だと言ったでしょう?」


 ドゴッ――!!


 黒い触手のような魔力の塊がフラッドの横腹に打ち込まれ、躱せず吹き飛び、壁に叩きつけられる。



「フラッド様!」

「ふらっど!」


 それでもフラッドは立ち上がり、即座に反撃する。


 自分を襲う無数の触手を躱し、斬り捨て、殴り飛ばす。


「それをいくら斬ったところで無駄ですよ?」


 チェザリーニが手をかざすと、轟音と共に魔力の雷撃がほとばしる。


「――――」


 雷が直撃し、バリバリという音と共に体から煙を噴くフラッドの腹に触手の一撃が叩き込まれ、エトナとアリスの前に吹き飛ぶ。



「フラッド様……っ!」

「ふらっど!」


 今にも泣きそうな悲痛な表情でフラッドに手を当てるエトナとアリス。



「抵抗しなければ楽にして差し上げます。アナタも、アリスも」


「じーじ……もうやめて……っ」


「アリス……私だってこんなことはしたくないのです。ですから、終わらせてさしあげます」



 教皇の頭上に空間を歪ませるほどの魔力が収斂されていく。



「…………さようなら、アリス。次は天の国で会いましょう」



 その言葉と共に、収斂された魔力がアリスたちに向かって照射され――



 もうダメか……。と、エトナとアリスが諦めかけたとき。



「――――」



 立ち上がったフラッドが二人を庇って照射を一身に受け止める――


「フラッド様!?」



 ガガガガガガガガ――ッ!!



「ほう、見上げた精神ですね。ですが、いつまで耐えられます? 神の雫に底はないのですよ?」


「フラッド様……無理です……もう……っ」


 エトナは自身とアリスのために傷つくフラッドを見ていられなかった。



「もう……っ」


 涙をこぼすエトナ。


 肩を振るわせるエトナを、アリスが優しく抱きしめた。


「え……?」


「えとな、いままでありがと。ふらっども。ありがと」



 脅えるでもない、諦めたようでもない、柔和にゅうわな笑顔を浮かべるアリスに、エトナが戸惑う。



「あ、アリス様……?」

「ふたりとも、まもる――」



 アリスが両手を組んで額に当て、天をあおぐ。



「このみを、たましいを、いまおんためにささげます――」

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