第十話「魔獣保護令」

 フォーカス邸・執務室――



「「魔獣保護令!?」」



 フラッドの提案に、ゲラルトとクランツが声を上げた。


「どういうことですかフラッド様!? 魔獣に懐柔かいじゅうなされたか?!」


「言葉が過ぎるぞ家令殿」


 普段冷静なクランツが声を荒げ、普段なら注意されるほうであるゲラルトがクランツを注意する。


「どうもこうも言ったままの意味だ。我がフォーカス領では今後、人を襲う魔獣以外の魔獣を狩ることを禁止する。だが正当防衛は認める。以上だ」


 フラッドは使い魔契約に違反しないよう、細心の注意を払っていた。


 こうなった時のフラッドの頭の回転と口先の上手さは、天性のものと称せるほどであった。


「以上だ、ではありません! どうして魔獣の肩を持たれるようなことをなさるのです!?」


「魔獣の肩を持っているわけじゃない。不可侵条約を結んだようなものだ。人が魔獣を攻撃しなければ、魔獣も人を攻撃しない。簡単な話じゃないか」


「しかしフラッド様、その話を信じてもよろしいのですか?」


 ゲラルトの問いかけにディーが答える。


【信じろ、としか言えぬな。私は魔獣の長として、人を襲わぬよう厳命する。それでも従わぬ跳ね返りはいるだろうが、そのような輩は好きに狩ってもらって構わん】


「魔石業者が黙ってはいませんぞ!? 彼らの生活はどうなるというのです!?」


 クランツがしつこく食い下がる。


「我が領以外で魔獣を狩ればいいだけの話だろう。そもそもディーだけじゃなく、ここまで魔獣被害が増えたのも、法を無視した魔石業者のせいだ。なんなら奴らに、法の裁きと賠償金を請求してもいいんだが、そうしないのは俺の恩情だ」


 前世の経験から、恨みを買うことはなるべく避けたい。と、思っているフラッドは、魔石業者やクランツをすぐさま処分することをせず、一度は大目に見ることに決めたのだった。


「ぬっ……でっ、ですが……!」


「もし魔石の不売を起こされたらどうするのです?」


 口ごもるクランツに変わってゲラルトが口を開いた。


「他の業者を使えばいい。そもそも奴らの自業自得なのだからな」


「か、彼らからの税収は決して少ないとは言えない額です……。フラッド様の今の生活をお支えするためにも……」



(ぬけぬけと……自分への賄賂がなくなることを危惧きぐしているくせに……っ! そもそもエトナと俺がディーに殺されそうになったのも、元はといえばコイツのせいじゃないか!)



 フラッドはなんとか、忠臣面するクランツへの怒りを飲み込む。


「それは問題ない。よく考えてみろ、増えた魔獣被害への対策費用と魔石業者からの税収、長い目で見ても短期的な目で見ても、どちらが得かは一目瞭然だろう?」


「確かに……現在、魔獣被害対策には、かなりの予算が注ぎこまれています」



「だろう? そもそも人命と金は天秤にかけられるものじゃない。それに、魔石業者には魔獣保護令を発布することと引き換えに、今までの罪を見逃す。という温情も与えた。これ以上文句を言うのなら、俺にも考えがある。そうだろうクランツ? ここまで見逃されていたのだから、少なからず俺の部下にも魔石業者と癒着ゆちゃくしていた者がいるはずだ。ソイツらをあぶりだしてやってもいい」



「ふ……フラッド様のご随意に……」


 クランツはこれ以上は藪蛇やぶへびになると理解し、折れることにして頭を下げた。


「よろしい。では今ここに魔獣保護令を発令する。破った者には相応の罰を与える。罰の仔細しさいはクランツとゲラルトが共同で考えろ。ディーが俺の使い魔である以上、人間がいくら誤魔化しても、魔獣からの報告で罪は明らかになる。以上だ、下がれ」


「「かしこまりました」」


 二人が下がっていくと、黙っていたディーが口を開いた。



【まさか本当に保護令を出してくれるとはな……】



「俺は約束を守る男だ。守るつもりで約束したものなら、な(死にたくないし)」


「最後の一言で台無しですフラッド様」


【くっふふふ……素直なのも考え物だな。しかしあの家令を罰さなくていいのか?】


「ああ。ヤツは我が領の政治に深く関わりすぎている。下手に突くのは危険。だよな、エトナ?」


「はい。返り討ちにあう可能性のほうが高いです」


【それは二人が言っていた前世……とやらの経験からか?】


 フラッドとエトナは死に戻りしたことをディーには打ち明けていた。



 フラッドはシンプルに信頼できる者だと感じたから。という理由だったが、エトナは信じられても信じられなくてもどちらでもいいし、仮にディーが裏切って、フラッドと自分の死に戻りの話を誰かにしたとして、そんな世迷言よまいごとを信じる者はいない。という計算もあった。



「だな。というよりも、よく俺たちの話を信じたな?」


あるじの強さを身をもって体験したからな。あれは尋常ではない。自画自賛するわけではないが、私は魔獣の中でも最強クラスなのだぞ?】


「…………ならよかった(よく覚えてないけど)。とりあえず今日は疲れた……長すぎる一日だ……」


「休みましょうか」


「ああ、私も傷を癒したいからな――」

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