第二十話「行き倒れの侍」

「うおっ?! 誰か倒れてるぞ!」


「たしかに倒れてますね」


【微妙に木の陰で死角になってるな……】


「おい、大丈夫かっ!?」


 フラッドが駆け寄って声をかける。


「うう……み……水……食べ物……」


 うつ伏せに倒れているポニーテールの女がうわ言のような声をあげる。


「なんだ、腹が減っているのかっ?」


【外傷は無いようだな】


「絵に描いたような行き倒れですね……」


「エトナ、食べ物はあるかっ?」


「フラッド様のおやつの蒸かしジャガイモが何個か」


「くっ……! 非常時だ……っ! 仕方あるまいっ! おい、これが分かるか? 食べていいぞっ」


 フラッドが断腸の思いで蒸かしジャガイモを差し出すとポニーテールの女はガバッと起き上がって受け取った。


「かたじけなし……! 頂戴いたす!!」


 女は言うが早いかガツガツと蒸かしジャガイモを食べ始めた。


「ん゛っん゛ん゛!?」


「落ち着け! ほら、水だ! あと塩と胡椒もあるからちゃんとかけて食べろ! ジャガイモは一番美味い状態で食べるのが最高の礼儀と知れ!!」


「んぐんぐんぐっ! ぷはっ! 承知仕しょうちつかまつった!!」


 両手に蒸かしジャガイモを持ってガツガツと食べるポニーテールの女のジャガイモにパッパッと塩と胡椒を振ってあげるフラッド。


「美味い! ハックショイ! 美味い! ハックショイ!」


 齧る→塩胡椒を振る→胡椒が鼻にかかる→くしゃみ→齧る→塩胡椒を振る、を食べ終えるまで繰り返すフラッドとポニーテールの女。


【あれだな、高速で餅つきをする達人を連想するな】


「くしゃみをしながらジャガイモを一心不乱に食べる女性と、その顔めがけて塩胡椒を振りかける男、とんでもない構図ですよ」


 ポニーテールの女はジャガイモを食べ終えると合掌して頭を下げた。


馳走ちそうになり申した!!」



 長いポニーテールが特徴的な艶めく青髪の姫カットに、大きな翡翠の瞳を持つ凛とした美しい顔つきで、スラリとした体付きに小ぶりな胸、腰に太刀を下げており、装束もこの大陸ではみない独特のものをしている。



「大丈夫か?」


「はっ! おかげさまでこのとおり!」


 予備動作なくバク中を披露するポニーテールの女。


「うん、なら大丈夫だな。じゃ、俺たちは行くから今後は気を付けるんだぞ?」


「お待ちくだされ!」


 なんとなくめんどくさくなる予感がし、この場を去ろうとしたフラッドだったが即座に呼び止められる。


「…………なに?」


「アシハラ大陸より参り申した、姓はサオトメ、名はリンドウ! 歳は十七、背は五尺五寸、武には心得があり、愛刀はこの太刀、銘は八ツやっつどうどうか、この御恩、お返しさせてくだされ!」


「…………」


 エトナとディーに助けを求めるも「お前が助けたんだから責任を持て」という視線を返されるフラッド。


「なるほど、東洋風だなとは思ったが。アシハラの大陸の出身なのか」


「はっ!」


 アシハラ大陸とはフラッドたちが住む大陸の海を隔てて東にある大陸である。


 宗教以外の気候風土文化風習が異なる、まさしく異国であるが、大陸間貿易もしているので、団子や煎餅といったアシハラ文化のものがこの大陸には数多くあり、その逆も然りである。


「恩返しって、なにがしたいの?」


「はっ! 我が故郷くにでは一宿一飯の恩義は命よりも重いもの、ましてや命を助けられたのなら、この命をもってお返しいたすのが道理! 今よりこのリンドウ・サオトメ、貴公を主君と仰ぎ、この身命を賭してお仕えいたす!!」


 食べ物をあげたくらいで命を差し出されるのは見返りが大きすぎるだろう。と、思うフラッド。


「いやいや、身命を賭して仕えるって……。そんな重要なことこんな簡単に決めていいの?」


「袖触り合うも他生たしょうの縁! それにここは聖都! この出会い、縁、決して偶然ではありますまい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る