第二十一話「カイン」
「外が珍しいのか?」
馬車に乗ってからずっと窓に張り付くように風景を見ているカインに、フラッドはそう問いかけた。
「……っ! しっ、失礼しましたっ」
慌てて座り直すカインを、フラッドは片手を小さく上げて制す。
「構わん。責めているワケじゃない」
前世の憎悪に染まったカインを知っているだけに、今の大人しすぎるカインに、フラッドはなんとも言えないやりにくさを感じており、カインもカインで緊張していたため、互いに探り探りのような状態だった。
「で? 珍しいのか?」
「はっ、はい……。屋敷では部屋から出されることはほとんどなかったので……。外に出るのも初めてなのです」
屋敷で会ったときは死んだ目をしていたカインだが、外や、見知らぬものを見るその目は生き生きとしていた。
「そうか……。ところでカイン、甘いものは好きか?」
前世で会ったときは、復讐鬼と仇という相容れない間柄であり、歳も十八と十五という互いに外見的には大きく成長したものであったが、今はまだ十三であり、さらにはサラ譲りの童顔であるカインは、相応以上の幼さが残っていた。
「はっ、はい……。多分?」
「多分?」
「本で読んだことはあるのですが……実際に食べたことはないので……」
大の甘党であり、前世でつらかった記憶トップテンに「逃亡中、甘いものが食べられなかったこと」が入るフラッドは、表に出さないまでも内心驚愕していた。
「…………普段はなにを食べていたんだ?」
「パンと干し肉と、クズ野菜のスープがほとんどでした……」
「…………エトナ、キャラメルが残っていたよな?」
「はい」
エトナから受け取った包みに入ったキャラメルを、カインへ差し出すフラッド。
「えっ」
「命令だ。このキャラメルを食べろ」
命令なのは、カインが遠慮しないように。という、フラッドの下心ない純粋な優しさだった。
「はっ、はいっ」
カインは手早く包みを開けてキャラメルを口にいれた。
「わぁ……! 美味しいです……っ!」
パァッと顔を輝かせるカインの顔には、かつての復讐鬼の面影はなかった。
フラッドは目頭をつまみながら上を向く。
「そうか……沢山あるからな。好きなだけ食べるといい。エトナ」
「はい」
エトナはキャラメルを箱ごとカインに差し出した。
「えっ、よっ、よろしんですか? フラッド様の持ち物を……」
「ただの常備品だ。そろそろ新しいものに替えようと思っていたし、キャラメルもそれを作った者も、廃棄されるくらいなら、食べられたほうがマシだろう」
「はっ、はいっ! ではいただきます……っ! 甘い……。これが……キャラメル……」
キャラメルに夢中になるカインに気付かれないよう、エトナがフラッドへ耳打ちする。
⦅よろしいんですか? フラッド様のおやつを……⦆
最初はカインのことを警戒し疑っていたフラッドであったが、カインの可愛らしい容姿や返答の素直さに、すっかり疑心や毒気が抜かれてしまっていた。
⦅ああ。可哀相過ぎて復讐する気も失せたよ……。それでも引退する俺のために、領主になってもらうがな……⦆
⦅甘ちゃんなんですから……⦆
そう呟くエトナだったが、表情は穏やかだった。
フォーカス邸――
帰宅したフラッドはエトナを先行させ、カインを連れて自身の執務室へ入った。
「カイン、皆へのお披露目は後にするとして、今は最優先でやるべきことがある」
「そっ、それはなんでしょうか?」
「その前に一つ聞いておきたい。お前は、俺の後継者になる覚悟ができているか?」
フラッドは、もしここでカインが否と言っても、それはそれで仕方ないと思うくらい、カインの身の上に同情していた。
「えっ……?」
カインはカインで、自身が名目上ではなく、本当に後継者に指名されるとは思ってもみなかったので驚きの声を上げた。
「どうだ? 素直に答えてほしい。俺はベルティエ侯爵のご機嫌をとるために、お前を引き取ったんじゃない(もっとヤバいお前の復讐の芽を摘み取ったんだ)」
「でっ、ですが、ならボクのことをどうやって存じ上げられたので? 父が
「その説明はしない(そもそも説明できないし)。だが、蛇の道は蛇だ。と言っておこう。とにかく、俺はお前が優秀だと知っていて、お前を俺の後継者にするため引き取った。決して予備でも保険でもない。ド本命だ。理解したか?」
「…………」
カインは感動に魂が震えた。まさか自分がここまで評価されているとは思わなかったのだ。
「どうだ?」
「はっ……はっ! フラッド様が望まれる未来に全力を尽くします!!」
跪いたカインを見て、フラッドは満足気に頷いた。
「……素晴らしい返事を嬉しく思うカイン。これからよろしく頼む」
「はっ!! 身命を賭してお仕えいたします!!」
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