第二十話「カイン引き取り」

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 馬車で揺られること数日・ベルティエ侯爵邸――


「お初にお目にかかります。ベルティエ侯爵。フラッド・ユーノ・フォーカスです」


 フラッドが儀礼的に振る舞うと、出迎えたベルティエ侯爵夫妻が鷹揚おうように応える。


「フォーカス卿、そうかしこまらずに」


「そうですわ。領を接する仲なのですから、私たちは言わば兄弟のようなものですわ」


「ありがとうございます」


 ベルティエ侯爵は金髪の恰幅かっぷくがあるブ男で、カインとは全く似ていない。


(こう比べてみると、あのクソガキ、ほぼサラの遺伝子しか受け継いでないな……)


「では中へ」

「失礼します」


 屋敷の中に通されたフラッドは、茶を出されると同時くらいに本題を切り出された。


「早速で悪いがフォーカス卿、後継者の件についてだが……」


⦅もてなす前に本題なんて下品な輩ですね……。ホントに貴族なんですか?⦆


⦅堪えろエトナっ⦆


 フラッドに対して非礼な侯爵に苛立ちを覚え、ぼやくエトナをフラッドが小声でなだめる。


「はい。書簡でお送りしたとおりです。私は親族もおらず後継者が定まっていない状態。ですので、隣接領であり、尊敬する侯爵のお子、カイン殿を後継者としてフォーカス領へ引き取らせていただきたいのです」


「姓はベルティエのままでよいのだね?」



 ベルティエ姓のまま、ということは、フォーカス領を治める一族が、フォーカス家からベルティエ家に変わることを意味している。



「はい。養子にもいたしません。ですので、私が引退すれば、カイン殿はフォーカス領領主、カイン・ファーナー・ベルティエ伯爵となるのです」


「将来的にフォーカス領とこのベルティエ領が、併合へいごうされることになっても?」


「陛下がそうご判断なされるのなら、異存はございません」


「うむうむ……。素晴らしい……では今からカインを連れて来るが……あまり驚かないでいただきたい」


「驚く?」


「いや……うん、見れば分かってくださるだろう」



 程なくしてカインがやってきた。



「!!」

「っ……!」 


 フラッドとエトナが思わず息をのむ。



 特徴的な黒髪に、うれいを帯びた大きな紫の瞳、病的なまでに色白で小柄な美少年。

 記憶よりもずっと顔は幼い、十三歳にも見えなほどの童顔なものの、まさしく、前世で二人を捕え処刑した反乱軍の指導者、カイン・ファーナー・ベルティエその人であった。



(……っ!! こいつのせいでっ……エトナと俺はっ……!!)


 カインに対する怨みつらみが蘇るものの、フラッドとはぐっと堪えて微笑を浮かべた。


「……初めましてカイン殿。フラッド・ユーノ・フォーカス伯爵だ」

「…………」



 対するカインもフラッドの顔から目が離せなかった。

 美しい金髪碧眼に整った容姿は同性の自分でも息を飲むほどの、本の中でしか見たことのないほどに美しい容姿だ。と、見惚れていたのだ。



「……カイン殿?」


「はっ、しっ失礼しました。初めまして、カイン・ファーナー・ベルティエです」


 握手を終えると、フラッドが侯爵を見て微笑を浮かべた。


「なるほど、侯爵のご憂慮ゆうりょ、理解いたしました」


「……ではどうなされる? 信じてくれとしか言えんが、しかと私の血を引いている」


 侯爵はソファーから身を乗り出すようにフラッドを見た。


「存じております。当初のお話どおり、カイン殿を後継者に引き取らせていただきたく思います」


 ホッと、ベルティエ侯爵が安堵の息を吐く。


 カインがめかけの子であり、自身の要素をほとんど持っていない、血が繋がっていないのではないか? それを問題にこの話を無かったことに……。という事態を侯爵は最も恐れていたのだ。


 さらに言えば、侯爵はいくら冷遇してもカインは自分の言うことは絶対服従する存在で、フォーカス領領主となったのなら、自身の嫡男の子や次男をカインにとって代わらせられる。と、思っていた。


「礼を言うフォーカス卿。卿の誠実な態度で、ベルティエ領とフォーカス領は力強く結ばれた同盟関係となるだろう」


「ありがとうございます。では、このままカイン殿を連れ帰っても?」



 カインは黙って二人の会話を聞いている。



「もちろんだ。だがこちらは歓待の準備をしているが、逗留とうりゅうされないので?」


「侯爵のご厚意に預かりたいのは山々なのですが、先の家令の件といい、我が領は情勢が不安定なので、あまり長い間空けておきたくないのです」


 未来の自領であるフォーカス領になにかあれば大変だ。と、侯爵は即座に頷いた。


「そのとおりですな。お引き止めするわけにもまいりますまい。道中、我が領の兵士を警護につけさせよう」


「ありがとうございます」


 そうしてフラッドはカインを連れて帰途に就いた――

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