第十九話「仇敵を迎えに」
「フラッド様、ロイヤルミルクティーでございます」
女中服に身を包んだサラがフラッドへティーカップを差し出す。
「ありがとう。ズズ……うん、甘くて美味い!」
「そりゃ、それだけ砂糖入れてれば甘さ以外感じれないでしょう」
フラッドが飲むミルクティーは特製で、ただの牛乳ではなく、砂糖を入れて甘く煮詰めた牛乳を用い、さらにそこへ砂糖をティーカップの半分くらい入れるというものであった。
「この脳が痺れるような甘さがいいんだ。紅茶もコーヒーもストレートは苦いから嫌いだ」
「子供舌なんですから……」
「苦いのが美味く思えて大人なら、俺は一生子供で構わんっ」
「ふふふっ」
フラッドとエトナのやり取りにサラが笑みを浮かべる。
「それにしてもいいのかサラ? 他の皆もそうだが、別に女中にならなくてもよかったんだぞ?」
「私も皆もフラッド様への恩返しがしたいのです。それに、なにもしないでいるのは手持ち無沙汰ですし、居心地が悪いのです」
保護した女性たちは皆、女中として仕えることを望んだので、今ではフォーカス家の使用人として雇っていた。
「そういうものか? 俺なら遠慮なく食っちゃ寝するけどなっ」
「胸張って言うことじゃないですよ……」
「ふふっ。ですが、私こそよかったのですか? エトナさんを差し置いて、女中長という大役を任されてしまって……」
フラッドは女中長を初めとした、クランツと繋がりのあった使用人を全員解雇し、空いた女中長のポストに、経験も人望も能力もあるサラを
「問題ない。サラは女中長に見合った実力も人望もあるからな」
「フラッド様……」
フラッドの信任に、サラは胸が熱くなる思いだった。
「それに女中長の件でエトナに気を使う必要はない。女中服を着てはいるが、そもそもエトナは女中じゃないからな」
「えっ、そうだったのですか?」
驚きの視線を向けられたエトナが答える。
「はい。私の正式な役職は、フラッド様の専属従者になります」
「なるほど。納得しました」
「さてと……。支度をする前に打ち合わせをしたい。サラ、外してくれ」
「失礼いたします」
一礼しサラが出ていくと同時に、収監されているクランツの様子見に行ったディーが帰ってきた。
「どうだった?」
【変わりはないな。痛みに悶えて逃げるどころじゃないな。痛い、痛み止めをくれ。と叫んでばかりだ】
「そうか、なら安心だ」
クランツの裁判は来週の予定で、ゲラルトたちはフラッドに命じられ証拠集めを行っていた。
「そのあいだに俺たちはあのクソガキ……カインを引き取る――」
既に書簡のやり取りで、カインをフラッドの後継者として引き取ることをベルティエ侯爵は
「サラさんに秘密にしておく理由は?」
「まだ連れ帰れると確定したワケじゃないからな。決裂した場合、ぬか喜びさせるのは忍びないし、そうなったときの俺とサラのいたたまれなさを思うと、胃が痛くなるからだ」
「相変わらずのプリンメンタルですね」
「とにかく、ディーは留守のあいだ頼む。不
逞な輩が裏切る可能性があるからな」
【承ったぞ主よ。留守を任せられるとは、私も信頼されたものだな】
「当たり前だろう。お前は俺の使い魔なんだから(契約を履行している限り裏切られないし)――」
【主……(トゥンク)】
勘違いもあり、フラッドの小心がディーの忠誠を厚くさせたのだった。
「では行くとしよう」
――
――――
――――――
カイン・ファーナー・ベルティエ――
カインは生まれてから今まで『いない存在』として扱われてきた。
母と引き離された後も、ずっと離れの屋根裏部屋に閉じ込められ、社交界はおろか人前に出ることすらも許されず、家族からも使用人からも、声をかけてもらうこともなければ、声をかけても無視されていた。
唯一の救いは本を読むことだけは許されていたことであり、本を通して様々な知識を得られたことだった。
そんなカインがベルティエ家で脚光を浴びたのは、フラッドが自身の後継者としてカインを指名したからである。
「まさかボクを指名なんて……」
カインは訝しんでいた。
自分を後継者にしたいなんておかしい。そもそもフラッドと自分には、面識どころか接点すらない。
もっと言えば、自分は社交界に出ることはおろか、情報のほとんどが外部に出ないよう父の手によって遮断されている。
そんな自分を「優秀と聞いたので、尊敬するベルティエ侯爵と友好を深めるためにも、是非後継者として引き取りたい」なんて、うさんくさいにもほどがある。
おそらく自分が優秀だから。と、尊敬する侯爵、の部分は建前だろう。父、ひいてはベルティエ侯爵家と
きっとこの家と同じく、引き取ったところでなにもやらせてはもらえず、実権も与えられず、置物のように毎日を過ごすことになるのだろう。と、カインは思っていた。
「でも……もしボクが本当に領主になれたら……母さんを……見つけられるかな……?」
カインは行方も安否すらも分からない母のことを想ったのだった。
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