第三十七話「アリスの覚悟」

「ほぉ……。こうなるとは予想外だったな。あの男、プロモーション程度にしか思っていなかったが、最後に役に立ったか――」


 つぶやき、フードの男はウロボロスのペンダントを光らせながら闇に消えた。



 下山したフラッド一行――


「こうならないようにしたかったのにどうしてこうなるんだ!? どうして俺はいつもこんな役に立たないダメ人間なんだ!!」


 チェザリーニたちから離れた位置で狼狽うろたえるフラッドをディーがなだめる。


【そう自分をけなすな主。主はよくやっている】


「やってない! 結局なにも変えられなかった!」


【変えたじゃないか、無事賊を討伐しただろう?】


「賊を討伐した結果がこの竜巻ならやらないほうがよかった! ベルクラントに残ってエトナとアリスを助けるほうがよかった……っ」


 起こることは分かっていたが、実際に魔力竜巻を目にすると、その圧倒的な暴力にエトナへの不安が高まりどうしようもなくなるフラッド。


【主……悲観し過ぎだ。事情を知っているエトナは残っているし、アリスに忠告はしたんだろう? なら大丈夫だ。信じて待つとしよう】


「甘く見ていた! 上手く事が運べば魔力竜巻が起きる前に討伐を終えて帰れると思っていた! まさかこんなことになるんて! エトナが危険に晒されていてるのに座していられるか! 俺はベルクラントへ戻るぞ!!」


【あの速さでは馬でも追い付けんぞ。ベルクラントに着いたとしても、全てが終わった後だ。どのみちどうしようもない】


「ディー、なにか足の速い動物に変身できないのか? 怪鳥とか俺を乗せて飛べるヤツなら最高なんだが?」


 首を横に振るディー。


【あの魔力竜巻のせいで大気の魔力が根こそぎ持っていかれてる。魔法は使えん】


「そうだ、虎! 魔獣虎は馬より足が速いだろう!?」


【いや、そんなに変わらん。しかも虎には馬ほどの持久力がない。ここからベルクラントまで、どれだけ距離があると思っている?】


「んもぉっ!」


 膝から崩れ落ちるフラッド。


【落ち着け主よ、心配しすぎだ。いくらあの風速とはいえ規模がでかい。発生した時点でベルクラントから観測できているだろう。避けようと思えばいくらでも避けられる。来ると分かっている竜巻を避けないほど、エトナもアリスも愚かではあるまい】



「だからってあんなヤバいものがエトナやアリスがいる場所に向かって一直線と分かっていて落ち着けるか! なにがあるか分からないのがこの世の中だ! それにな、エトナは誰よりも情が深いんだ!! 責任感の強いアリスのことだ、きっと「市民の避難が終わるまで自分はここを動かない」と言うかもしれない! そうなったら、エトナは自分がどうなろうと絶対にアリスのそばを離れないぞ! ああ……っ! 刺客に襲われる可能性も殉教する可能性もある!! こうなるなら無理を言ってでもエトナとアリスを連れてくるべきだった……!!」



 ヴォルマルクにエトナが人質に取られたとき以来に感情をむき出しにするフラッドに、ディーもかける言葉もなくなっていた。


【なら祈るしかないだろう……。すまない主、私ではどうしようもない……】


 フラッドは力なく首を横に振る。


「いや、お前は悪くない。すまない。ディー……お前に当たってしまった……」


【主……】


「祈るか……そうだな……祈るしかない……。純白の女神よ……黄金の従者よ……翡翠の親友よ……サク=シャよ……。俺にできることなら、どのようなことでもいたします。どうか、どうか、エトナとアリスをお守りください――」



 ベルクラント・謁見の間――



「きんきゅうじたいだ。みな、しみんをとしがいへひなんさせよ。ひがしとみなみもんから、みなみにひなんさせるのだ。このきゅうでんしゅうへんにひとをのこらせてはならぬ」


 魔力竜巻発生の報告を聞いたアリスは枢機卿たちを緊急招集しそう告げた。


「猊下、南とはどういうことでしょう? 竜巻の進路はこちらですが、どこに直撃するかは未知数なのですよ?」


「あの規模の魔力竜巻ですと、結界でも耐えられますまい!」


「市民を避難させるなら、東西南北の近い門から脱出させたほうが効率的なのでは!?」


 高位枢機卿たちの言葉を、アリスはしっかり受け止めて応える。


「いまはぎろんするまもおしい。このたつまきをよそうしていたものがいた。そのものは、ゆめにさく=しゃがあらわれ、このたつまきがおきるといい、ひがいをうけるのはひがしからきゅうでんとほくぶ、といった。わたしはそのことばをしんじる。ゆえに、みなはぜんりょくをつくし、しみんをみなみへひなんさせよ。まちがっても、にしときたにはにがすな」


「おおっ……! だから今日は城壁からの報告を密にするよう命じられたのですね!」


「ですが、予想が外れた場合どうないます……?」


「どうなのだ? これはどうなのだ……?」


 枢機卿たちも各々の反応をする。


「…………」


 アリスは息を大きく吸うと、胸に右手を当て、息を吐き、全てを受け入れた表情で口を開いた。


「もし、たつまきがよそうをはずれたばあいは、じゅんきょうし、みなをまもる!!」


 アリスの言葉に侃々諤々かんかんがくがかとしていた枢機卿たちが言葉を止め、アリスの覚悟に応えるように一斉に跪いた。


「「「「猊下の御心みこころのままに――」」」」


 そうして全神官、全衛兵たちによるベルクラント市民避難誘導が開始された。

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