第三十八話「一難去る」
ベルクラント市内――
「皆ただちに退避するように! 慌てる必要はない。竜巻が到着するまでは時間がある! 混乱はせず、規律だって動くのだ!」
「気持ちは分かるが家財は諦めろ! 本当に大切なモノ以外は置いていくように!」
「猊下は皆の避難が終えられるまで、城壁から離れない。見よ! あの西門にはためく教皇旗の下に猊下がおられるのだ!!」
ベルクラント市民は混乱し、持てる限りの家財を抱え我先にと逃げようとしていたが、教皇とはいえ、まだ六歳でしかない幼女が、自分たちの安全のためにそと身を危険に晒していることを目の当たりにすると、自分のことしか考えていなかった己を恥じ、余計なモノは捨て、誘導に従って静々と避難を始めた。
ベルクラント西城壁の上――
アリスはそこに立ち、眼前に迫る魔力竜巻を見つめていた。
「ひなんはどう?」
「はい。順調です。このままなら、間に合うかと」
セレスの言葉にアリスがホッとしたような表情を浮かべる。
「せれすとえとなはにげて」
アリスの言葉に、エトナは本当に軽く、ペチとアリスの頬を叩いた。
「えっ……?」
「子供が生意気言うんじゃありません。私もお供しますよ」
エトナとセレスはアリスへ優しく微笑んだ。
二人の優しさに目を潤ませるアリス。
「ごめん……せれす……えとな……こわいよっ」
アリスの本音だった。
十何万もいる部下・市民の安全を守らなければならないこと。
自分の命がここまで終わるかもしれないこと。
それは六歳の少女には重すぎる責任だった。
「大丈夫ですよアリス様。私は最後までアリス様にお供しますし、アリス様はこんなところで殉教される必要もありません」
セレスはアリスを諭しながら優しく抱きしめる。
「そうですよアリス様。フラッド様が言ったじゃないですか、南に逃げれば大丈夫って。私はフラッド様を信じますし、アリス様を見捨てませんから」
そういってセレスの反対側からアリスを抱きしめるエトナ。
「せれす……えとな……ありがと……」
アリスが礼を言い、二人の優しさ、温かさに浸っていると、避難したはずのベルクラントの元老、高位枢機卿たちが戻ってきた。
「…………おまえたち、なにしにきた?」
アリスが教皇として声をかけると、高位枢機卿たちは皆一斉に跪いた。
「「「「猊下と運命を共にいたします――」」」」
枢機卿たちの言葉に目を潤ませるアリス。
「ありがとう。みな、わたしはうれしくおもう。こうえいだ。うれしい。きょうこうとなって、これほどうれしいことはなかった」
「皆様は思っていたよりも、気骨のある方々だったんですね」
エトナの呟きにセレスが笑顔で応える。
「ええ、皆、心から神に仕えているのですから」
そうして目前まで竜巻が迫り、ベルクラントに展開されているドーム状の魔法障壁・結界とぶつかる。
徐々にヒビが入る結界。荒れ狂う魔力。
「…………」
アリスは怖ろしさに冷や汗をかき、手を握りしめ、その小さな拳に、両隣の覚悟を決めたエトナとセレスが優しく手を添える。
「…………ありがと」
感謝の言葉は竜巻の轟音にによってかき消される。
ビシビシビシッ――!
もうだめか。と、皆が思い始め、たとき――
「猊下ー!! 市民の避難完了しました!!」
衛兵長が現れ声を上げた。
「うむ、みな、ひなんをはじめるぞ!」
「「「「はっ!!」」」
ほどなくしてアリスたちは皆無事に脱出し、刺客に襲われることもなかった。
結果的に魔力竜巻はベルクラントの結界と西から北の城壁を破壊し、街と宮殿の一部を壊して自然消滅したのだった。
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