第二十三話「飢饉対策」

 クランツが暗殺される。その大事件はフォーカス邸を大いに騒がせた――


「手がかりがほとんど残っておりませんので……」


 ゲラルトが悔しそうにフラッドへ報告する。


「こんなことは言いたくないが、怨恨えんこんの可能性、被害者の女たちの誰か、ということは?」


「ないと思います。女がやるにしては、首の切断面が鋭利すぎます。あれは、熟練の処刑人か、相当の腕利きでなければ無理でしょう……。しかも、あれほど厳重に警備されていた牢だというのに、目撃情報もない……」


「八方塞がり……か。とにかく、今後もこの調査を続けてくれ。ディーが聞いたという『あの方』とやらも気になる」


「はっ!!」


 だがどれだけ人員を増やして操作しても、犯人は見つからず、クランツ殺害事件は迷宮入りとなる。



 という大事件はあったものの、それ以外ではフラッドの思惑どおりにことは進んでいた。



 カインのお披露目も無事済み、後継者届けも無事受理され、国王の名の下にカインは正式なフォーカス領の後継者となった。


 ゲラルトを初めとしたフォーカス領家臣たちは、純粋で素直で可愛いカインに好意的で、さらにその不幸な境遇もあいまって、カインは皆から愛される存在となっていた。


 フラッドも最初の内はカインを甘やかしていたが、エトナに注意されてからは後継者としてちゃんと成長するように。と、領主の仕事を覚えさせることにしたが、カインは天才的な頭脳で一度説明しただけでそのほとんどを覚え、一月ひとつきも経つ頃にはフラッドよりも数倍は仕事ができるようになり、フラッドの主な仕事は、カインが仕上げた書類に判子を押すだけになっていた。



「はっはっはっ! 全ては計画どおり! これでフォーカス領は俺がいなくても大丈夫だな!」


「強がる前に涙拭いてくださいよ……」


「べっ、別に、俺がいなくてもカインがいれば誰も悲しまないんだな……。とか思ってないからなっ! 最初から分かってたし!」



 フラッドは自分を慕うカインを可愛く思うと同時に、カインが有能すぎて「俺いらなくね? というか周りもそう思ってね?」という事実を理解し、悲しくなって拗ねていた。



「はいはい……。私はフラッド様がいないと悲しいですよ」


 エトナに涙を拭われながら、フラッドが強気な表情を見せる。


「だが、これで俺も領主を辞めることができる!!」


「そうですね。二年後には、ですけど」



「えっ?」



 フラッドは至極間抜けな顔でエトナを見た。


「ニネン? ナンデ?」


「王国法では当主が急死、もしくは不治の病にかからない限り、後継者届けが受理されてから、最低二年間は引退できません」


 エトナは今世で、改めて領主関連の法を調べなおしていた。


「聞いていないぞっ!?」

「言ってませんから」

「どうして!?」


「いや、普通に知っていると思ってたんで……。え? なんで知らないんですか?」


「俺がいちいち法律なんて調べるような人間に見えるか!?」


「思いませんけど、自分の命がかかってるなら、調べるくらいはするだろう。とは……」


「俺はそこまで頭が回らん!」


 エトナはめんどくさいからスルーすることにした。


「……とにかく、今から二年は引退できませんから」

「それじゃ飢饉来ちゃうじゃん!?」

「はい」

「はいじゃないがっ!?」


「いちいち大声出さないでください。ほら、揚げジャガイモです。揚げたてですよ」


 ジャガイモを食べやすい大きさに切って水気を切り、油で揚げ、塩胡椒で味付けされた揚げジャガイモの入った皿をエトナが差し出した。


「おおっ! うんっ上手い! 今まで考案された百以上の調理法の中でも、トップスリーに入る!」


 サクサク音を立てながら、フラッドは揚げジャガイモを食べる。


「落ち着きました?」

「うん」


 素直に頷くフラッド。


「とりあえず、飢饉対策しないとまずいな……」


「ですね」


「エトナ、なにか良案はあるか? というか時間ないし……」


 飢饉はすでに一年後に迫っていた。


「正直、食料を備蓄びちくすることくらいしか思いつきません」



 飢饉に関しても、エトナはなにか打てる手はないか? と、調べていたが、解決策は見当たらなかったので、根本的な対策を考えることは時間の無駄だ。と、割り切っていた。



「俺も同じ意見だ……。そもそも簡単に対策できたら、誰も飢饉で困らないしな……」


 前世では麦病むぎびょうという麦だけがかかる特殊な植物病により、王国内の食料自給率の大半を占めていた麦系の植物が大打撃を受け、数百万人にも及ぶ餓死者を出す大惨事となったのだ。


「とりあえずカインに相談だ!」

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