第三十二話「王都へ」

 大飢饉が落ち着きを見せた頃――


「カイン、俺は陛下に、望む褒美を求めても罰されないか?」


「よほどのことでなければ……。今やフラッド様の名声は、王国内外でも聖人と名高いですから」



 大飢饉の中、数多くの王国民を救ったフラッドは、王国内外から聖人・名領主と声望が高まっていた。


 国王や宰相・各大臣もフラッドの功績を認め、フラッドだけを褒賞するための、王国中の貴族を集めた大褒賞式を執り行うことを決定し、フラッドは式に参加するための支度をしていた。



「なにを望まれるのか、お聞きしても……?」


「ああ、お前にも関係のあることだからな」


「ボクにも?」


 カインが不思議そうに首をかしげる。


「俺は庶民降下されることを望む(早く庶民になって余生を過ごしたい……)」


「…………」


 フラッドが口にした望みに、カインは驚きで口が塞がらなかった。


「なっ……何故そのようなことを望まれるのです……?」


「それが一番いい結果(俺とエトナが殺されることのない未来)になるからだ。後は頼むぞカイン。お前なら心配ないだろうが」


 微笑むフラッドにカインはなにも言葉を返せなかった。



「フラッド様、用意できました」

「ありがとうエトナ。では後は任せるぞカイン――」



 そうしてフラッドは領内にカイン、ゲラルト、ディーたちを残し、エトナだけを伴って王都へ向けて出発した――



 王都アテナイ・王宮・来賓室――



「すごい歓声だったな……」

「そうですね。すごい歓迎でしたね」



 フラッドが乗る馬車は王宮から派遣された近衛兵に護衛され、王都に入ると同時に、歩道に控えていた王都の市民たちから大歓声と共に迎えられ、手に持った花や花びらのシャワーを浴びていた。



「あんな大歓声、前世で処刑される時以来だぞ」

「皮肉なものですよね」


「だな……。前世では悪徳領主の汚名を着せられ処刑された俺が、今世では国王から直々に褒章されることになるとは……。数奇なものだな」


大詐たいさしんに似たり……と言いますが、保身も極めれば聖人に見えるものなんですね」


「びっくりだな。正直引退しづらくなるからあんまり嬉しくないし」


「前世のフラッド様なら、大喜びだったでしょうけど」


「やっぱり人間、一度死んでみると価値観が変わるものだな。俺はエトナと平穏と、一生遊んで暮らせるだけの金があればそれで十分だ」


「めちゃくちゃな高望みでしてますけど……。そうなるといいですね」


「なるさ。あと少し、あと少しで……どうぞ」



 ドアがノックされたのでフラッドが言いかけていた言葉を飲み込み、入室を促すと――


「失礼しますわ――」



 ドラクマ王国第一王女、フロレンシア・ドゥリンダナ・ドラクマが入室してきた。



(なんでここに王女が!?)



 フロレンシア・ドゥリンダナ・ドラクマ――


 聖女とも呼ばれる王国一の美女・才媛さいえんと名高い王女であり、次期女王。

 整った絶世の容姿に銀色の瞳と、美しい銀髪の姫カットに、大きな胸とくびれた腰を持つ。

 十七才であり、フラッドと同い年。


「アナタは外で控えていなさい」

「かしこまりました」


 フロレンシアは侍女を下がらせると、フラッドに微笑んだ。



「……私も失礼させていただきます。なにかあればお呼びください」


 空気を読んで退出しようとするエトナを、フラッドが小声で呼び止める。


⦅ちょっと待てぃ! 今お呼びだよ! なんで王女と二人きりにさせようとすんの!?⦆


⦅空気読んでくださいよ。今完全に私も出てく流れでしょう⦆


⦅困るよ困る! 俺なに話したらいいのっ!?⦆


⦅知りませんよ。とりあえず適当に相づちしてたらなんとかなりますって。では⦆


 フラッドを振り切るように一礼してエトナが退出したので、フラッドはとりあえず臣下の礼をとりひざまずいた。


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