第三十一話「聖人扱いになるフラッド」

 王宮・緊急評議――


「以上が今回の麦病における、大凶作・大飢饉の現状でございます」


 宰相が経済的損失や、餓死者の数を読み上げた。


「なんということだ……。全て余の無能が引き起こしたことだ……。民に顔向けできぬ……」


 国王が嘆き、項垂うなだれ、王女も意気消沈している。


(私はなんて愚かなのでしょう……。このような事態をフォーカス卿は憂慮していたというのに……。私があのときの上奏を受け入れていれば……ここまでの被害はでなかったのに……)


 あのときフラッドの上奏を受け入れていれば、多くの民を救えた。と、フロレンシアは自責の念に打ちのめされていた。



「陛下。此度のことは天災です。陛下に責はございませぬ」


「そのとおり。まさかこのような大災害が起きるなど、誰が予想できましょう? 王国建国以来未曾有の事態ですぞ」


「然り然り、悔いられるよりも、対策を練ることに尽力いたしましょう」


 ここにいる大臣たちもフラッドの上奏を覚えていたが、誰も責任を負いたくないため忘れたフリ、無かったことにして話を進め、この緊急事態にどう対応するかを決めた。



「では今回の評議はこれにて……」

「お待ちください陛下――」


 フロレンシアが評議を終えようとする国王に待ったをかけた。


「どうしたフロレンシア?」


「最後に、私たちは己が過ちを認めねばなりません。そうしなければ、この評議を行う意味がなくってしまいます」


「過ちとは?」


「フォーカス伯爵です」



 その言葉に、国王含め大臣たちはギクリとした。



「半年前、フォーカス伯爵の上奏を受け入れていれば、このような大惨事になることはなかった。少なくとも、もっと被害を減らせた、ということです」


「しっ、しかし、あのような上奏を全て採用していては、王国は成り行きません」


「そのとおりです。ですからその上奏を見定めるために私含め、アナタたち評議員がいる。ですが、皆フォーカス伯爵の意見は杞憂きゆうだと、却下・保留した結果が今なのです。私は、自身の罪を棚に上げるつもりはありません。どのような上奏であろうと、上奏の時点で、それを行った者は命を懸けている。それを忘れていたのです。今回のことを教訓に、たとえ、取るに足らないような上奏であろうと、今よりももっと審議すべきでしょう」


「ですが殿下、今回の件はフォーカス伯爵ですら予測できなかったのでは? たまたま点数稼ぎのために上奏した内容に、実が伴ってしまっただけなのでは?」


「アナタの言う点数稼ぎとは、王家や各大臣の反感を買う。と、分かりきっているものを勧めることを言うのですか?」


「…………」


「殿下、だったとしたら、予測できていたとするなら、フォーカス伯爵の罪は重い! 飢饉が予測できていたのに、迂遠うえんな物言いで自身は食料を備蓄しつつ、我等にはジャガイモ食を勧めるだけとは、売国にも等しい行為ですぞ!」


「フォーカス伯爵は予測できていたのではなく、このような事態を想定していたのです。ジャガイモ食を勧めたのも、上奏文にあったとおり。それ以外の意図はないでしょう。現に、今どうなっていますか?」



 フロレンシアの問いかけに宰相が答える。



「はい。フォーカス伯爵のジャガイモ倍買令によって、王国内でジャガイモ栽培が盛んとなり、結果、今回の飢饉の被害を減らす一助になっております。ジャガイモ食が平民に普及したことも、今回の被害を減らす結果となり、それも全てフォーカス伯爵の功績かと」



「もしフォーカス伯爵が、一連のジャガイモ令を行わなかった場合、どうなりますか?」


「今の数倍は被害が拡大していたものかと……」


 宰相の言葉に皆が黙る。


「現在、フォーカス伯爵はこの大飢饉に対して、どのように動いているのです?」


「はい。フォーカス領では餓死者は発生せず、どころか、隣接領に食糧支援を行い、民から聖人。と、感謝・支持されております」


「……この評議員の中に、まだフォーカス伯爵をけなす者はいますか?」


 皆黙った。


(ああ……フォーカス卿……私が愚かでした……。私はなんと無能なのでしょう……)


 フロレンシアが心中で詫びる。



「フォーカス伯爵は立派である。此度のことが落ち着き次第、褒章を行おう」



 国王がそう決して評議は終わった。



(ああフォーカス卿……どのようなお方なのでしょう……。今なら食糧を言い値で売り、財を成すこともできるのに、貴方は私服を肥やすことなく、民を助けてくださるのですね……。お会いしたい……話してみたい――)



 顔も知らぬフラッドに対し、フロレンシアは思いを馳せるのであった。

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