第三十話「飢饉到来」

 半年後――


 フラッドの前世と同じく、麦だけが罹る植物病『麦病むぎびょう』が発生、大流行し、ドラクマ王国を大飢饉が襲った。


 麦類の枯死こしにより、王国内ではおびただしい数の餓死者が発生するも、フラッドが行ったジャガイモ倍買令の布告により、王国各地では大規模なジャガイモ栽培が始まっていたため、フラッドの前世よりも死者の数は大分抑えられており、特にフォーカス領では餓死者ゼロという奇跡を成し遂げていた。



 フォーカス領領民たち――


「おい! ご領主様から追加の食糧が届けられたぞ!!」


 フォーカス領の各都市・街・村には、フラッドから備蓄されていた食料が解放され、滞りなく配給されていた。



「ジャガイモはこのためだったのか……」


「なにがバカ領主だ……!! 本当のバカは俺たちじゃねぇかっ!!」


「ああ……フラッド様……今まで申し訳ございません……っ」



 今までフラッドをバカにしていた領民たちは、配給される食糧を受け取りながら涙を流した。



「フラッド様に栄光あれ!! フォーカス領に栄えあれ!!」


 一人の平民が叫ぶと、周囲の平民たちも次々に同調する。


「「「「フラッド様に栄光あれ!! フォーカス領に栄えあれ!!!!」」」」



 フォーカス邸――


「フラッド様が予想されたとおりでした……! 半信半疑だった自分の浅はかさが恨めしいです……っ!」


「このゲラルトの目は節穴でございました……」


「二人ともそう落ち込むな。ただの偶然、備えあれば憂いなしだっただけだ。それで、配給は足りているのか? 治安は?」



 サラをお姫様抱っこしながらフラッドが二人を見る。

 フラッドは領民が反乱を起こさないか気が気ではなかった。



「はい。予想よりもジャガイモ食と栽培が普及していたため、十二分に余裕がございます。領民たちは皆フラッド様を称えております」


「カイン殿の言うとおり、治安は極めて良好です」


「ならいいが……」

「あの……フラッド様……?」


 黙ってされるがままでいたサラが声を上げる。


「どうしたサラ?」


「流石に恥ずかしいのですが……その……息子も見ておりますし……」


 お姫様抱っこされたままのサラが頬を染める。


「大丈夫だ。サラになにかあったら大変だからな。故のお姫様抱っこだ。な、カイン?」



 なにせ前世では、飢饉起こる→サラが死ぬ→カイン復讐鬼になる→反乱起こされてエトナとフラッド処刑。


 という流れだったので、サラが死んだら自分も死ぬ。それにサラが死んだら普通に悲しいから嫌だ。と、フラッドは思っていた。



「あっ、は、はい。そうですね……?」


「いやいや、フラッド様やりすぎですよ。流石のカイン様もドン引きしてるじゃないですか」


 エトナがツッコむ。


「確かにな。じゃあエトナはこっちだ」


 フラッドはサラのお姫様抱っこをやめると、ソファーに腰を下ろして自身の隣に座らせ、反対側にエトナを座らせた。


「なにが、じゃあ……?」


 首を傾げるエトナを横に、フラッドはカインたちを見た。



「領内とは別に、ベルティエ領を初めとした、隣接領から食糧援助願いが届いております」


「いいだろう(恩を売る絶好の機会だし、最悪領内で反乱を起こされたとき、逃亡の受け入れ先になってくれる可能性もあるしな)。余剰分の食糧を無償で送ってやれ」


「はっ! かしこまりました!」


「フラッド様はまこと名君でございます……っ!」


 ゲラルトは感慨深げに目頭を押さえた。



【主よ、私からも一つ頼みがあるのだが】



 声を上げつつ、イタチ状態のディーがテーブルの上に飛び乗る。


「どうしたディー?」


【実は今回の麦病、人間だけでなく魔獣にも被害が出ていてな……。魔獣にも食糧援助してもらえないだろうか?】


「ふむ……どれくらい必要なんだ?」

【そうさな……】


 具体的な量をディーが提示する。


「カイン、できそうか(売れる恩はできるだけ売りまくる……っ!)?」


「はいっ! すぐに手配いたします!」


【恩に着るぞ主よ。フォーカス領の魔獣はこの恩を決して忘れん】


 ディーが深々と頭を下げる。


「ああ、なにかあったときは助けてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る