第二十九話「ジャガイモ上奏」

 ドラクマ王国・王宮――


 そこでは国王・王女臨席りんせきのもと、宰相や各大臣たちが集まり評議が行われていた。


「以上がフォーカス領領主、フォーカス伯爵からの上奏となります。貴族が率先してジャガイモを食すことにより、平民たちにもジャガイモ食が広まり、需要が増え、ジャガイモ栽培が広まれば、麦に大きく依存する王国の食糧事情が変わり、ひいては飢饉対策にもなる。と――」


 フラッドの上奏文を宰相が要約する。


 上奏文は格式ばった書体と文言が使われるため、回りくどく要点が理解しにくいことと、国王が内容を理解しきれていなかった場合や、読み上げている途中で上奏内容を忘れてしまった場合、恥をかかせてしまうため、こうして読み終えた後、読み上げた者が上奏内容を要約して説明することが慣例となっている。


「ふむ……皆はどう思う?」


 国王が大臣たちに問いかける。これも慣例であり、先に国王が発言すれば臣下もそれにならうため、国王の決断は必ず臣下たちの問答の最後に下されるのだ。



「論外ですな。そもそも『麦だけがかかる植物病』など、聞いたことがございませんし、過去にそのような例もございません。このようなことを気にしだしたら、ブドウだけが罹る植物病が発生した場合に備えて、ワイン以外の酒も同様に飲まねばならない。と、際限がございません」


 一人の大臣の発言に、他大臣もフラッドへの批判の声を上げる。


「まったくですな。これは杞憂きゆうというものでございましょう。そもそも我々に豚のエサを食せよ。とはバカにしています。上奏文に直接は記されておりませんでしたが、これは遠回しに陛下にも食すべし、と言っているようなもので、はなはだ不敬ですぞ」


「捨て置けぬのは、フォーカス領は半年ほど前から戦でも控えているかのような、大量の食料備蓄もしていることです。もしや、フォーカス伯爵は翻意ほんいがあるのでは? だとすれば、陛下への不敬にもとれる上奏文にも納得がいきます」


「半年後に発令される倍買令とかで、今や王国内で過去に例がないほどジャガイモ栽培が盛んになっております。フォーカス伯爵はジャガイモ市場の独占を狙っているのでは? 己が私腹を肥やすため、陛下をも利用しようとは不届き千万ですぞ」


 そうだそうだと他大臣も続ける。


 フォーカス領はどの政治派閥にも所属していないため、大臣たちはフラッドを罷免ひめんし、自分たちの息のかかった貴族を後釜に据えたいのだ。



わたくしはそうは思いません」



 評議に参加していた絶世の美女、王国内外でも才媛さいえん・聖女として名高い王女、フロレンシアが口を開いた。


「もしフォーカス伯爵に翻意があるのなら、このような上奏文を送ることはしないでしょう。市場の独占も、憶測でしかありません」


「では殿下は、このジャガイモ食に賛成なされると?」


 フロレンシアは首を横に振った。


「確かに、多少行き過ぎた不安ではありますが、それも王国を思ってのこと。と、受け取れます。疑わしくを罰してはなりません」


「では? この上奏を受けいれると?」


「いえ、様子を見る。というのが私の判断です」


 フラッドの真意が分からない内は否定も肯定もできないため、フロレンシアは保留という回答を提示する。



「皆の意見は分かった。フォーカス伯爵の上奏は保留とする」



「「「「御意」」」」


 国王の判断により、フラッドが提案した救国の上奏は保留(却下)されたのであった――

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